第13話 偽装悪女は離宮を探索する①
離宮の案内をニナがしてくれることになって、シンシアはこの日始めて自分の足で部屋から出た。
「お待ち下さい、奥様」
呼び止められて振り返ると、部屋の前で護衛をしていた青年が胸に手を当てて会釈をした。
「護衛の任を承っております、騎士のカイルと申します。ご移動に際し、お供させていただきます」
濃紺に銀の装飾の施された騎士服に身を包んだカイルは、無駄がなく引き締まった体躯をしていた。厚手の制服の上からでもわかる訓練された筋肉は、彼がたゆまぬ訓練を積んでいる証だろう。
(……やはり、監視は付いてくるのね)
シンシアは内心ため息をつきたいのを堪え、無表情を装って頷いた。
「ええ、わかったわ」
カイルもまた、フェリクスの忠実な部下だろう。
下手な動きをすれば、すぐ報告されるに違いない。
気を引き締めて、それから一通り、まずは離宮内を案内してもらった。
シンシアの部屋は、二階建ての洋館の真ん中。一番見晴らしの良い広い部屋が用意されていた。同じ階には、専用の書斎や応接室、そして別途ウォークインクローゼットまであった。
「こちらには、シンシア様の好きな衣装や宝飾品を揃えるよう旦那様から承っております」
空っぽのウォークインクローゼットを手で差しながら、ニナが説明をしてくる。
自室のワードローブにもかなり衣装が揃えてあったけど、どうやらそれは当面の繋ぎの衣装でしかなかったらしい。
「ちなみに、使える予算はどれくらいあるの?」
「年間五千万リルは自由にいいと伺っております」
(ご、五千万リルですって……⁉)
五千万リルは、金貨五百枚。王都近郊に別荘が買える金額だ。
王家から補助が出てるにしても、その金額はあまりにも破格すぎる。
公爵夫人としての務めを果たさなくていいシンシアは、特に社交に出る必要も公務や慈善活動を行う必要もない。つまり公爵家の顔として高価な衣装を仕立てたり、誰かを接待したりする必要がないにも関わらず高額な予算を組んであるのは……。
(お金の力で私の機嫌を取り、この離宮でおとなしく「死」を迎えさせるためよね。ひどく、惨めな気分だわ……)
死ぬまで箱庭の楽園に閉じ込めて、静かに一生を終えさせる。
専属侍女たちから悪意を感じないのは、その楽園の一員として用意されたからなのかもしれない。
それにこれほどの厚遇を与えれば、もしシンシアが『毒殺されかけた』と外部の人間に訴えても、周囲は『あんなに大切にされていたのに、傲慢な悪女の被害妄想』だと一蹴するだろう。
完璧な隠れ蓑にぞっとして、シンシアは背筋が寒くなるのを感じた。
「シンシア様……?」
突然黙り込んだシンシアを、心配そうにニナが見つめてくる。
「なんでもないわ、次に行きましょう」
一階と二階を結ぶ大階段を降りると、白銀を基調とした豪華なエントランスホールがある。正面玄関と大階段の脇に、護衛が一名ずつ立っている。
後ろから付いてきているカイルと合わせて三名、屋敷の中に常駐する監視の位置は把握できた。
こちらに気づくと、護衛騎士たちは軽く会釈をしてくる。どうやら最低限の礼は尽くすよう、言われているようだ。
「こちらは護衛騎士様たちの詰め所です。その隣は、ローザ様の執務室になっております」
(屋敷全体を見渡しやすいエントランスの脇には、厄介な部屋があるのね)
それから一階を一通りニナに案内してもらって分かったのは、左翼エリアは、厨房や食料庫、リネン室や洗濯室、使用人の休憩室など、主に使用人たちのスペースになっていること。
廊下の突き当たった先に使用人専用の勝手口は見えるけど、大階段の下で待機する護衛から丸見えの位置にあり、シンシアがそこから出入りするのは難しそうだ。
そして右翼エリアは、来賓を迎える広めの応接間や図書室、日当たりの良いサンルームや食堂など、シンシアの活動スペースになっていた。
離宮内の間取りをある程度把握できたところで、シンシアは次の行動に移る。
「外の風にあたりたいわ」
「それでは庭園をご案内します!」
正面玄関から外に出ると、綺麗に整えられた庭園が視界に入る。
まもなく春が来るとはいえ、頬を掠める風は少し冷たい。けれどマリアが選んでくれたワンピースのおかげで、寒くはなかった。
ニナが日差しを遮るレースのパラソルを傾けてくれて、遊歩道をゆっくりと歩く。
中心には光の女神をモチーフにした噴水があり、水しぶきが太陽の光に反射して美しく輝いていた。手入れの行き届いた庭園には、スノードロップやクロッカスなど、早春の花たちが綺麗に咲き乱れている。
花を鑑賞するフリをして、シンシアは散策しながら周囲の様子を窺った。
離宮の周囲は高い石壁で囲まれていて、遠くに見える立派な正門を通らないと、敷地の外に出ることはできないようだ。
(業務用ゲートもあると思うけど、おそらくあちらの使用人エリアよね……)
庭園の構造がある程度把握できたとろこで、シンシアは公爵家の内情を探るべく、ニナに話しかけた。










