第12話 偽装悪女は侍女たちを観察する③
驚くことに、鏡の前には悪女とは真逆の、上品で清楚な印象を与える自分の姿が映っていた。
顔には薄く自然な化粧が施され、ハーフアップに編み上げられた髪には、月桂樹をモチーフにした銀細工のバレッタが彩りを添えている。
(まるで自分じゃないみたい。昨晩は派手な衣装ばかり目についたけど、こんな衣装もあったのね……)
淡いペールブルーの長袖ワンピースは、上質なファインウールが織り込まれており、触れれば空気のように軽やかでありながら、確かな温かみを感じる。過度な膨らみもなく、シンシアの身体に沿うように、すとんと落ちる優美なAラインを描いていた。
その上には、深みのある濃紺のオーバードレスが重ねられている。胸元から裾にかけて、縁には銀糸で幾何学的な模様が丁寧に刺繍されていた。
足元には、装飾を廃した黒い編み上げショートブーツが用意されていた。庭園の小石道でも歩きやすいよう、ヒールは低く作られている。そして手元には、なめらかな革製の手袋が添えられていた。
「この時期、外はまだ冷えます。病み上がりのシンシア様に負担がかからないよう、庭園の散歩に適した装いに仕上げました」
もしシンシアが噂どおりの悪女なら、地味だと罵倒する可能性のある装いだ。
それでもマリアはシンシアの体調、そして機能性とデザイン性の両方に気を配りつつ、公爵夫人としての立場と品格を保つ装いに仕上げた。
(私の体調や立場を気遣って、選んでくれたのね……)
マリアのその心遣いが、シンシアの心を温かく包み込む。
悪女を演じるよう強制されてから、自分の意に反した装いばかりさせられてきた。どんなに寒くても露出の多い派手な服を着せられ、風邪を引いてもろくな看病すら受けられない。
母を失ってから、こうしてシンシアのことを気にかけてくれた人は居なかった。
「暖かいし、軽くて動きやすい。たまにはこういう格好もいいわね、気に入ったわ」
緊張した面持ちで返事を待つマリアに、シンシアは素直な気持ちを伝えた。
「……っ、お気に召していただき、光栄に存じます!」
マリアはシンシアの言葉を噛み締めたあと、嬉しそうに瞳を輝かせた。
そのまま支度を終えようとするマリアを呼び止め、シンシアはドレッサーから愛用のエチケットポーチを取り出した。
「マリア、これも持ち歩きたいの。この装いに合うシャトレーヌを選んでくれる?」
「かしこまりました。では、オーバードレスの刺繍に合わせて、こちらの銀細工のものはいかがでしょう?」
マリアが選び出したのは、繊細な銀のチェーンで作られたシャトレーヌだった。
シンシアが頷くと、マリアはオーバードレスの腰紐に慣れた手付きで金具を差し込み、ポーチを吊り下げてくれた。
銀のチェーンが濃紺の生地によく映え、まるで最初から計算された装飾の一部のようだ。
「……完璧ね。ありがとう」
少ない時間しか接していないけれど、子爵家の侍女とはあきらかに違う。
公爵家の侍女たちは任された仕事に誇りを持ち、きちんと全うしようとする責任感を持っているようだった。
それに専属侍女の三人からは、特に悪意を感じない。彼女たちが毒殺の犯人の可能性は限りなく低いだろう。
三人とも自己紹介で姓を名乗らなかったということは、身分はおそらく平民だ。むしろセイラもマリアもニナと一緒で、切り捨てやすい駒として利用されている可能性が高い。
「シンシア様、朝食の準備が整いました」
声をかけられて席に着くと、セイラが手早く給仕をして朝食を並べてくれた。
メニューは鶏の出汁で煮込まれた白粥に、白身魚のポシェ、湯剥きして裏ごしした桃の芳醇なピューレが添えられている。
そこにセイラが、朝食に適したブレンドティーを淹れてくれた。
消化の良い療養食ではあるものの、立ち上る湯気から美味しそうな香りがする。
「この命を繋ぐ糧に、感謝を」
シンシアは両手を組み祈りを捧げたあと、さり気なく左手をかざして毒を吸い出そうと試みる。
しかしヴィスデロペを発動させても、今回はなんの反応もしなかった。
(犯人が毒を仕込む時間がなかった? それとも、最初から夕食だけに限定している?)
朝食をいただきながら、シンシアはさりげなくセイラに質問を投げかけた。
「ねぇ、セイラ。この離宮には何人の使用人がいるのかしら?」
「私たちの他に離宮へ配属されているのは、侍女長のローザ様、料理人が三名、雑務担当のメイドが三名、庭師が二名、あとは門番や護衛騎士が十五名です」
(監視の数だけ、やたら多いわね)
「ちなみに今、離宮にみんな揃ってて?」
折角だから、挨拶しておきたいの……と、シンシアは質問が不自然にならないよう付け加える。
するとセイラはなんの疑問を持った様子もなく、快く質問に答えてくえた。
「本邸で管理責任者の定例会議に出席されているローザ様と、交代でお休みをいただいている使用人は不在でございます」
「そうなのね、教えてくれてありがとう」
(……ローザがいない。それは好都合ね)
侍女長ローザは、フェリクスの忠実な部下である可能性が高い。彼女がいる間は、うかつに動き回れないとシンシアは警戒していた。
けれど、もっとも厄介な監視の目がいない今なら――。
(チャンスだわ。この隙に、普段の離宮の様子と構造を探ろう)
朝食を終えたシンシアは、早速離宮の中を探索することにした。










