第11話 偽装悪女は侍女たちを観察する②
(落ち着かない……)
ニナとマリアの二人がかりで髪や身体を洗ってもらいながら、シンシアは内心そわそわしていた。
しかしここで堂々としていなければ、慣れていないことがばれてしまう。悪女を演じているシンシアにとって、それは避けたい事態だった。
あんなに騒がしいニナも洗髪作業に集中しているせいか、湯の温度や力加減に問題ないかを聞いてくるくらいで、極端に口数が少ない。
マリアはニナに目線で指示を出しながらも、実に丁寧な手つきで全身を洗ってくれた。
なんとか試練の時間に耐えたシンシアは、ようやく清められた身で湯船に浸かる。ほのかに香る甘い薔薇の香りに包まれて、心地の良い温度に、思わずほうっとため息をつく。
(こんなにゆっくりと湯船に浸かったのは、久しぶりね……)
悪女として外出する時だけは、子爵家でも侍女が身支度を整えてくれた。しかしいつも急かされていたし、ゆっくりと湯船に浸かる時間なんてなかった。
湯船を心ゆくまで堪能したシンシアは、脱衣所で身体を拭いてもらっていた。するとマリアが、事前に用意していた香油瓶を持って声をかけてくる。
「こちらで肌のケアをしても、よろしいでしょうか?」
シンシアが「ええ」と返事をすると、それからマリアは丁寧に香油を塗ってくれた。
爽やかで、深く落ち着いた優しい香りがふわりと広がる。
「シンシア様、一旦こちらに袖をお通しください」
ニナが用意してくれたガウンに着替えて、シンシアは化粧台の前に移動する。
席に着くと、マリアがタオルで優しく髪の水分を拭き取ったあと、温風の出る魔法具で乾かしてくれた。
それからマリアは慣れた様子で手のひらに香油を数滴取ると、両手で温めるように広げる。温度と香りを確認すると、シンシアの毛先から全体に馴染ませるように塗布していく。そして仕上げに、獣毛のブラシで髪全体を優しく丁寧に梳かした。
ニナがマリアの補助に入ることで、道具の受け渡しもスムーズだし、待ち時間もない。
(二人とも、連携が取れてて手際がいい。さすがは公爵家の侍女ね)
これが子爵家だったら、何よりもまずコーデリアが優先されるから、侍女たちの準備も遅く仕事も雑だ。そのため鏡台の前で待っている間にシンシアの身体は湯冷めして、カタカタと震えるしかなかった。
けれどここは魔法具で室温が整えられており、浴室との温度差も少ない。さらにマリアが塗ってくれた香油が薄い膜となって熱を閉じ込めているのか、体の芯から温かい気が抜けていく感覚もなかった。
「さっき、何の香油を塗ったの?」
髪を綺麗に梳かしてくれたマリアに、シンシアは尋ねた。
「湯冷めしにくいように、身体にはローズマリーとラベンダーをブレンドした香油を使用しました」
ローズマリーには血行を促進する効果、そしてラベンダーには心を落ち着けてリラックスさせる効果があった。病み上がりのシンシアが少しでも快適に過ごせるようにと、そこにはマリアの細やかな配慮があった。
「ちなみにシンシア様の美しい黒髪には、より艶を与えるカメリアの香油を使用しております」
心なしか前のめりで、マリアは答えた。鏡越しに見るそんな彼女の顔は、なぜか恍惚としていた。
「黒髪を美しいだなんて、あなた……変わってるのね」
自身の姿を鏡で見るのがあまり好きではないシンシアは、そっと鏡面から視線を落とした。
大抵の者は、悪魔と揶揄されるこの不気味な黒髪に触れることすらためらう。それを美しいだなんて、お世辞にもほどがある。
「前をご覧ください、シンシア様」
鏡を見るよう促され、シンシアは仕方なく顔を上げる。
マリアはシンシアの黒髪を一筋すくうと、そっと手を離した。すると彼女の手から、絹糸のような黒髪がさらさらとこぼれ落ちる。
「まるで研磨された黒曜石のように美しい、この光沢と艶を! これから毎日お手入れさせていただけるなんて、夢のようです!」
興奮気味にそう声をかけてくるマリアは、とても嘘をついているようには見えない。セイラと同じように、本当に自分の仕事に情熱を持っているようだった。
「この不吉な色を、黒曜石ですって……⁉」
悪魔を連想させる黒髪を褒めるなんて、正気の沙汰じゃない。
「私、色に優劣はないと思ってます。だってどの色にも、その色が持つ魅力がありますから!」
しかし戸惑うシンシアにそう答えるマリアの目は、真剣そのものだった。
「馬鹿なことを言っていたら、異端思想を疑われるわよ」
シンシアの冷たく突き放す発言に、「私の身を案じてくださるのですか⁉」と、マリアはなぜか嬉しそうに目を細める。
「でもご安心ください。私は全ての色を等しく愛しておりますので!」
そう言ってマリアは、胸を張った。
確かにその熱量で全ての色の魅力を語れば、異端思想と疑われる可能性は低いのかもしれない。
呆気にとられるシンシアの傍らでは、「マリア先輩の美の探究心に火をつけちゃいましたね!」と、ニナが目を輝かせて微笑んでいる。
(ここの侍女たち、仕事は丁寧だけど変わり者が多いのね……って相手のペースに飲まれてはいけないわ)
シンシアはすっと目を細め、口の端を薄く歪ませて悪女の表情を作り、言葉を発した。
「それなら、どう仕上がるか楽しみね」
「必ずや期待に応えてみせますので、私におまかせください!」
それからやる気に満ちたマリアの手によって、シンシアの身支度はあっという間に終わった。
「いかがでしょうか?」










