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愛する姉(バケモノ)に、最後の口づけを(2)

ガチャリ――


それから間もなく、ドアが再び開かれた。 濃厚な香りが、先に部屋へと滑り込む。


“タリア”がトレイを持って、軽やかな足取りでベッドに戻ってきた。 トレイの上には、トロトロに煮込まれ、湯気を立てる「野菜と肉の煮込み丼」が載っている。


「お待たせ~、ご飯よ、エド」


彼女は笑顔で器を差し出したが、エドがじっと自分を見つめていることに気づいた。


「どうしたの? まだ顔色が悪いけど……どこか痛む?」


「ううん」


エドは小さく首を横に振った。 そして、“タリア”に向けて……穏やかな笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫だよ、タリア姉さん」


「……そ、そう?」


突然の従順さに、“タリア”は逆に調子を狂わされたようだった。内心の困惑を隠しつつ、彼女はスプーンをエドの手に握らせた。


「ほら、あなたが眠っている間に、『特・別』に作っておいたのよ」 「少し冷めちゃったけど、まだ温かいから。冷めないうちに食べてね」


エドは微笑んで、そのずしりと重い夕食を受け取った。

濃厚なソースの中、トロトロに煮込まれ、妙にキメの細かい『肉』の塊が、ご飯の上にゴロリと横たわっている。 食欲をそそる芳醇な香り。


「タリア姉さん……」

エドは器を持ったまま顔を上げ、“タリア”の期待に満ちた瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「姉さんは、僕に食べてほしいんだね?」

「姉さんが『心を込めて』作った……この夕食を……本気で」



「えっ……!?」


“タリア”は愕然として言葉を失った。 だが、彼女はすぐに表情を作り変える。伏し目がちに、今にも泣き出しそうな、か弱い姉の顔を作る。


「……そ、そうよね……これは姉さんが特別に作ったんだもの」

「エドが食べてくれないと、姉さん……本当に……悲しいわ」



「そうか……」

エドは静かに瞼を伏せ、小さく首を横に振った。


「わかった。それが……『姉さん』の望みなら……」

彼は顔を上げ、その虚ろな瞳で、目の前の女を深く、深く見つめた。


「僕、――食べるよ」

彼はスプーンを手に取った。 トロトロに煮込まれた肉を掬い、濃厚なスープと共に、口へと運ぶ。


ポタ、ポタ……


大粒の熱い涙が、赤くなった眼窩から決壊したように溢れ出した。 それらは奇妙な香りを放つ「夕食」の中に落ち、小さな波紋を広げる。


しょっぱい涙。 それが、旨味の詰まった肉汁と混ざり合う。


手の中のスプーンは、少しも止まることはない。 自らの苦い涙と共に、怪物が「丹精込めて」作った料理を、喉の奥から漏れる嗚咽と共に、一口、また一口と、胃袋へ詰め込んでいく。



「……」


その対面に座る“タリア”の顔に、異変が起きた。 従順かつ絶望的なその姿を見て、完璧だったはずの笑顔に亀裂が入る。


一瞬前までは「慈愛の微笑み」。 次の瞬間、口角が裂けて「貪欲な嘲笑」が覗き、直後には眉を寄せて「退屈そうな困惑」が浮かぶ。 相反するいくつもの表情が、彼女の顔の上で高速で点滅し、重なり合う。まるで壊れた幻灯機のように。


「どうしたの? エドちゃん?」

最終的に、彼女の表情は「心配」で固定された。


「お姉ちゃんの料理……口に合わなかった?」




カチャリ。


エドの手が止まった。 ゆっくりと顔を上げる。頬が膨らんでいる。 彼は全身の力を込め、口の中で咀嚼した柔らかい「肉」を、一切の躊躇いもなく――


ゴクリ。


飲み込んだ!


「ううん……」

彼は神経質に唇を引き結び、顔の筋肉を強張らせ、笑顔を作ろうとした。 だがその笑みは、泣き顔よりも醜く歪んでいた。


「美味しいよ……」


「……この味だ……間違いない……」

声は枯れ、身を引き裂くような震えを帯びている。


「これが……僕が一番よく知っている……一番安らげる……味なんだ……」


「エド……?」

“タリア”は手を伸ばし、いつものように彼を慰めようとした。 だが、その瞳の奥に一瞬走った狼狽が、彼女の動揺を裏切っていた。




「――どうして……?!」


エドは猛然と顔を上げた。涙に濡れたその瞳には、魂を焼き尽くすほどの憎悪。


「どうして……希望を見せておいて、それを踏み躙るんだ?!」


「こんなことをして……一体何になるんだよォォォ――!!!」


ガシャンッ――!!!


半分ほど残っていた肉スープが床にぶちまけられる。 痩せこけた体は放たれた矢のように、ベッドから猛然と飛び出した!


天を衝くほどの恨みと絶望を抱き、彼は狂犬のように、まだ椅子に座っていた“タリア”へと襲いかかった! その両手で死に物狂いに、「彼女」の細い首を鷲掴みにして!




「エ……ド……」


“タリア”は、普段従順な玩具が、これほどの爆発的な力を見せるとは予想もしていなかったらしい。 細く、けれど鉄の万力のような手に喉を締め上げられ、喉の奥からヒューヒューと掠れた音を漏らすことしかできない。


「ぐ……ぅ……が、はっ……」


清らかで愛らしいその顔は、酸素不足で赤黒く充血している。 優しかったはずの両手が、今は無力にエドの腕を掻きむしり、爪を立てる。その瞳には絶望の涙が溜まり、哀願するように彼を見つめていた。


だが。 その生死の刹那。


エドは、恐怖で見開かれた彼女の瞳の奥底に、『それ』を見た。


それは魂の深淵に映り込んだ、奴の「真の姿」。


――目鼻立ちのないのっぺりとした顔。その中央で、漆黒の亀裂が耳元まで裂け、極上の愉悦と期待に満ちた狂笑を浮かべている!


(そう! それでいい!)


(憎め! 殺せ!)


(すべての苦痛を、すべての悲しみを殺意に変えて、お前の最愛の人間を、その手で壊してしまえ!)




しかし……。


怪物が歓喜に震え、破滅の宴を迎えようとした、その瞬間――。


喉を締め上げていた手の力が、ふいに止まった。 殺意に満ちていた力が、引き潮のように、ゆっくりと、少しずつ……指先から抜け落ちていく。




「……?」


瞳に映る怪物の狂笑が、凍りついた。


エドは手を放した。 彼は力が抜けたように、“タリア”の上に崩れ落ち、跨ったまま跪いた。


ポタッ。


真っ赤に充血した眼窩から、熱い涙の粒が零れ落ち、“タリア”の困惑した頬を濡らす。 続いて二粒、三粒……。


「……できない……」


少年の肩が激しく震え、極限まで押し殺した嗚咽が漏れる。


「僕には……できない……」


「わかってる……お前が偽物だってことは……」


「お前が僕を殺そうとしてる怪物だって……わかってるのに……」


彼は震える手を伸ばした。 指先は空中で彷徨い、長い躊躇いの末、ようやく……恐る恐る、その顔に触れた。


それは、彼が寝ても覚めても思い描いていた顔。 命を懸けて守ると誓った顔。


「この顔も……表情も……この懐かしい香りも……」


「何もかもが……彼女と、本物の姉さんと……同じなんだ……」

指先が顔の輪郭をなぞる。眉から目尻へ。その動作は、触れれば壊れてしまいそうな泡沫を扱うように優しかった。


「だから……駄目なんだ……僕には、どうすることもできないんだよ……うぅ……」

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