表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

「氷室の回廊、千の死顔」(2)

【閲覧注意】 本話には、以下の要素が含まれています。苦手な方はご注意ください!!


残酷な描写

カニバリズム(人肉食)を想起させる表現

主人公による自傷・自死行為

どれくらい闇の中に沈んでいただろうか。一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた。


ズズゥゥゥン――!!!


鈍く、しかし圧倒的な圧力を伴う轟音が、脳髄の奥底で炸裂した雷のごとく、死寂に包まれた意識の海を強引に引き裂いた。


闇が激しく震える。最後の意識を繋ぎ止めていた微かな光の粒が、衝撃に煽られ、今にも崩壊しそうに狂ったように明滅する。

続いて、あの聞き覚えのある声が再び響いた。 だが今回は、物悲しい啜り泣きではない。 それは……胸を掻きむしるような、天が崩れ落ちてくるかのような、切迫した恐慌。


『……エド――!!!』


『エド! 返事をして!!!』


どうした……? 一体……何が……起きてる……?


その声に滲む焦燥はあまりにリアルで、麻痺していたはずのエドの心臓を鋭く刺した。


『しっかりして!姉さんが……姉さんがすぐに助けてあげるから! だから……お願い、エド――!!!』



助ける……? 姉さん……?


得体の知れない力が彼を突き動かした。上下の区別もない虚無の中で、エドは歯を食いしばり、全霊を振り絞って――「立ち」上がった。


姉さん……どこにいるんだ……?


彼が狼狽し、周囲を探そうとした、その時――。



ジジッ――ジジジジッ――!!!



唐突に、鼓膜を劈くような高周波のノイズが、魂の深淵で炸裂した! まるで赤熱した無数の鋼針が、脳髄に一斉に突き刺さったかのような激痛。


『ぐぅ……あがぁぁッ――!』


凄まじい痛みに、彼は無意識に頭を抱え、きつく両目を閉じた。


(痛い……痛い……ッ! 止まれ……止まってくれ……!)


意識が激痛によって霧散しようとした、その刹那。




ギュッ。


嘘のようにリアルな、温かく、力強い抱擁が、彼を強く包み込んだ。 頬に伝わる、濡れた熱い感触。それは、煮え滾るような涙だった。


不思議なことに、その抱擁と共に、頭を破壊しそうだったノイズが、奇跡のように引いていく。


『……よかった……無事で……』

『本当に……よかった……』


声が震えている。九死に一生を得た安堵と、胸が張り裂けんばかりの嗚咽。 その一点の曇りもない真摯な慈愛は、暗雲を貫く聖なる光のように、エドの凍てついた魂を瞬時に照らし出した。



なぜ……? あなたは誰だ……どうして……こんなに優しくしてくれるんだ……?


頬を伝う温かい湿り気が、止まらない。 エドは茫然とした。これが相手の滴らせた涙なのか……それとも、いつの間にか自分が流している涙なのか、区別がつかない。

体が本能的に反応した。 彼は必死に「腕」を持ち上げ、逆にその温もりをくれた相手を、強く抱きしめ返そうとした。


だが――手は、空を切った。

どれだけ足掻いても、その虚ろな腕は煙を払うように、何の実体も捉えられない。


(……会いたい……)


(この目で……あなたを……見たい……!)


その想いは、乾いた薪に落ちた火種のように、瞬く間に意識の中で燃え広がり、かつてない強烈な渇望へと変わった!


朧げな中、闇に亀裂が走る。 錆びついた記憶の断片が、強引に脳裏を過る――。


冷たく湿った牢獄。粗末な鉄格子。 その向こうで跪く、典雅な魔術師のローブを纏った、華奢な少女。 彼女は憂いと悲しみに満ちた瞳で自分を見つめ、何度も、何度も呼びかけている……。


顔は見えない、だがその眼差しだけは……。


(君は……あの時の……)


エドが最後の精神力を振り絞り、霧を払ってその顔を見ようとした瞬間。


ブォン――!!!


「ぐあアアアア――!!!」


意識が強烈に弾き飛ばされた。世界から異物として排除されるように。 純粋な、すべてを飲み込む白光が視界を埋め尽くし、この長い長い闇の悪夢を終わらせた……。


◇◆◇


「ハァッ――!」


溺れた者が、水面に顔を出したような、激しい喘ぎと共に、エドはカッと目を見開いた。

胸が激しく波打つ。冷や汗が寝間着をぐっしょりと濡らしている。目に映ったのは、見慣れた丸太作りの天井だった。

ただ…… 先ほどの柔らかく爽やかな朝の光とは違う。 今、部屋全体は、濃密で寂寥せきりょうとした黄昏の暮色に沈んでいた。


「……」


エドは鈍く瞬きをし、鉛のように重い上半身を起こした。 大病を患った後のような虚脱感と、不快な寝汗の粘り気が全身を包んでいる。


無意識に手を上げ、濡れた額を拭う。指先が目尻に触れた。 そこには、まだ乾ききっていない、微かにしょっぱい湿り気が残っていた。


(僕……)


(さっき……泣いていたのか?)


指先の雫を困惑して見つめ、小さく首を横に振る。 彼は窓の方へ顔を向けた。切り取られた空は、夕陽によって鮮烈な血の色に染め上げられている。それはあまりに壮麗で、そしてどこまでも物悲しかった。


(さっきの……あれは……)


(夢、なのか……?)


思考は、猫に遊ばれた毛糸玉のように縺れ合い、ほどけそうにない。

エドは虚ろな目で頭上を見つめていた。 薄暗い光の中、見慣れたはずの木目が、なぜか圧迫感を持って迫ってくる。 彼は必死に識別しようとしていた――今ここにあるのは冷徹な現実なのか、それとも何時崩壊するとも知れない、虚構の夢なのか。




グゥ~~、キュルルル……。


腹の虫の抗議音と、体にへばりつく汗の不快な粘り気が、彼を強引に現世へと引き戻した。


「……はぁ」

エドは深い溜息をつき、ぺしゃんこのお腹をさすった。


「もういいや。とりあえず何かお腹に入れて、それから身体を洗おう」



ギィィ――


ドアを押し開けると、古い蝶番が耳障りな摩擦音を立てた。 リビングは空っぽだ。明かりもなく、薄ら寒さが漂うほどに暗い。


「姉さん? いるの?」


返事はない。 空っぽの木造家屋に自分の声だけが虚しく反響し、寂寥感を際立たせる。


「……まだ帰ってないのか」


エドは窓の外を見た。 空の端はすでに、濃い暮色に染まっている。


(おかしいな……朝、裏山へ薬草を摘みに行くって言ってたけど……こんなにかかるものか?)


「ま、姉さんがいないなら……僕が豪華な夕食を作って、驚かせてあげるとしますか!」


手早くシャワーを浴び、疲労と冷や汗を洗い流すと、エドは意気揚々と台所へ向かった。


調子外れな鼻歌を歌いながら、踏み台を持ってくる。爪先立ちになり、少し苦労して黒ずんだ陶器の大きな甕の蓋を開けた。 ここは常時、タリアが氷魔法で低温を維持している、この家唯一の「冷蔵庫」だ。


冷気が顔に吹き付ける。 エドは手を伸ばし、霜に覆われた獣肉の塊を取り出した。


「ん……?」

夕陽の残照に肉を透かし見て、エドは眉をひそめた。


(この肉……なんか変じゃないか?)


色はどす黒いほどの深紅。肉質は異常なほど引き締まっていて、白い脂肪の筋がほとんど見当たらない。 それに……この細長く、均整のとれた形状。 指で表面をなぞると、キメが異常なほど細かく、手触りは……なんとも言えないぬめりを帯びている。


(……森の野兎かな?)

(それとも、名も知らない魔物の肉か?)


疑問は残るが、彼は肉をまな板の上に置いた。 踏み台から降りようとした時、肉の正体を考え込んでいたせいか、足が滑った――。


「うわっ!?」


ドスンッ――!!!


「痛っ! ――いったたた……」


派手に尻餅をつき、あまりの痛さに顔を歪める。 だが次の瞬間。尻をさすっていた彼の手が、ピタリと止まった。




(……待てよ)


今の音。


ドスン――


それは、中身の詰まった木板がぶつかる鈍い音ではない。 それは……下に空洞があるからこそ響く、微かな反響を伴ったうつろな音だ。

痛みを忘れ、強烈な好奇心に突き動かされて、彼は床に這いつくばった。 床板に耳を押し当て、指で軽く叩く。



コン、コン。


少し位置をずらし、さっき転んだ場所を叩く。


ポコ、ポコ。


「ここ……下が空いてる?」


エドの背筋に冷たいものが走った。 彼の記憶では、台所の床は踏み固められた地面の上に直接板を敷いたはずだ。空洞などあるはずがない。


不安よりも好奇心が勝った。 彼は床にへばりつき、微かな光を頼りに、木目の紋様を一寸ずつ指で探っていく。 そしてついに、二枚の床板の完璧に見えた継ぎ目に、木目とほぼ一体化した、極めて隠蔽性の高い細い隙間を見つけた。


「これは……隠し扉?」


エドは唾を飲み込んだ。 立ち上がり、包丁棚から鋭利な包丁を手に取る。手は震えていたが、その薄い刃先を隙間にねじ込んだ。


ギギギ……


歯が浮くような音と共に、重く、巧妙に隠されていた板が、ゆっくりと持ち上がっていく。


真っ暗な開口部から、カビ臭く、そしてどこか鉄錆てつさびのような臭いのする冷たい風が吹き出してきた。


「どうして……タリア姉さんの家に、こんなものが?」


地底の深淵へと続く漆黒の階段を見て、エドの心臓が早鐘を打つ。 底知れぬ、不吉な予感が彼を包み込んだ。


エドは唾を飲み込み、不安を押し殺す。 彼はリビングへ戻り、テーブルの上の古い燭台を手に取り、火打ち石で明かりを灯した。


彼は深く息を吸い込み、揺れる炎を掲げながら。未知の闇へと続く地下への入り口を―― 一歩、また一歩と……降りていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ