正しい休日の過ごし方
本を読んでいた僕の視界の端で、マグカップが断りもなく持ち上げられた。
「お前が淹れるコーヒーは甘すぎる」
勝手に飲んだくせに、そんな不満げな声が聞こえる。
「いつもこれじゃあ病気になるぞ」
「いつもじゃないよ」
集中が途切れた本の世界から視線を上げる。少し強面の真面目そうな男が、じっと僕を見ていた。
「悪い。邪魔したか?」
よく言う。最初から邪魔するつもりだっただろうに。
「いいよ、別に。ちょっと休憩する」
腕をぐーっと伸ばすと、凝り固まった肩が鈍く痛い。ストレッチくらいはするべきか。マグカップを覗き込んで、空だと気付いた。
「あー、コーヒー……」
「やめとけ。糖分とりすぎ。カフェインもな」
でも、と呟いたらマグカップを取り上げられた。
「白湯か麦茶にしな。これは洗ってきてやるから」
「ん。ありがと」
まったく。世話焼きというか。甘やかすのがうまいんだから。
こいつと同居……いや、同棲を始めてから、一年が経った。心配性で溺愛気質な恋人は、未だに僕の世話をするのが楽しいらしい。
「なんかごめんね。せっかくの休みなのに」
僕が出かけたくないと言った上にずっと本を読んでいたから、それに付き合わせたことに若干の罪悪感があった。まあ、楽しげにゲームをしていたけど。
「家でゆっくりするのもいいだろ。ほら、麦茶」
マグカップを受け取って、半分くらいを一気に飲んで。それから喉が渇いていたのだと自覚した。
「夕飯どうする?」
できれば外には行きたくないなあ、面倒だなあ。そんな気持ちを込めて聞いた。
「ピザなんてどうだ? チーズましましのバカみたいな期間限定メニューがあるらしいぞ」
「流石にちょっと重くない?」
お互い三十歳をいくつか過ぎて、少々油が辛くなってきている。
「たまにはいいだろ。コーラとか頼んで、何かくだらない映画でも見よう」
「いいね。なんか『正しい休日の過ごし方』っぽい」
「あ、でも。お前はダイエットコーラな。今日はこれ以上砂糖はやめとけ」
「はぁい。わかったよ」
ソファにくっついて座って、どの映画を見るか選んでいる間に、ピザが届いた。
「うわあ、チーズすご……」
「そうか? 噂ほどじゃないけどな」
「いや、見てるだけで胸焼けしそう」
「それがいいんだろ、こういうのは」
「だね」
結局、二人で選んだのは登場人物が踊りまくるインド映画で、予想よりしっかりとしたストーリーの、見応えあるものだった。
「なんか……思ったより良かった」
「そうだな」
「筋肉すごかった」
隣に座る男がプッと吹き出す。
「感想それかよ」
「だって僕、鍛えてもああはならないし」
「ならなくていいって」
「もう少し体力欲しい」
「別にひ弱ってわけでもないだろ」
こいつ。自分が体格に恵まれているからって。
「憧れってやつだよ」
「必要ないよ」
意味ありげにじっと見つめられた。
「……なんで」
「お前はちっちゃくて細いから、可愛いんじゃないか」
「ちっちゃい言うな」
ついでに『可愛い』も褒め言葉になってないからな?
「別に貶してるわけじゃないよ。すっぽり収まっていい感じ」
ぎゅっと抱き寄せられると、小柄な僕は確かに腕の中で収まりがいいのだと感じる。
「でも。体力は欲しいんだよ」
「健康が気になるなら、運動より甘いものやめたら」
「そうじゃなくて」
僕は恋人の頭を抱き寄せ、耳元に囁いた。
「いい加減、抱き潰されてばっかりじゃ困るだろ」
真面目な強面、でもちょっとむっつりで僕のことが大好き。そんな恋人の顔がじんわりと赤くなった。




