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第47章 巫女の遺物

薄暗い地下通路の中、水滴の音と二人の荒い足音が響き渡っていた。


この息苦しい雰囲気の中、ルーアンとエティエンヌは必死に走っていた。あの怪物たちから――二匹のグールと、黒い液体に包まれた人型から逃げるために。


ルーアンは振り返らなかった。背後から聞こえる水の音と粘つく蠕動音だけで十分だった。あれらが追ってきている。距離はどんどん縮まっている。


「早く! 走れ!」


エティエンヌが息を切らせて叫ぶ。顔の血が汗と混じり、視界を遮っていた。


二人はよろめきながら鼠の死骸だらけの密室を抜け、来た道を全力で駆け抜けた。松明はとっくに落とし、微かに残る光亮術(こうりょうじゅつ)の残光も徐々に消えかけていた。


やがて狭い通路に飛び込んだ――下りてきた、あの通路だ。


二人が通路に入り込むと、背後の追跡音が止まった。グールの鳴き声も、黒い液体の蠕動音も遠ざかっていった。


「待て……止まれ……」


エティエンヌが荒い息を吐きながら壁に寄りかかる。


「あいつら……追ってこない……」


ルーアンも足を止め、大きく息を吸い込んだ。振り返ると――通路は真っ暗で、何も見えない。


「なぜ追ってこない?」


ルーアンは警戒しながら問う。


「もしかして……あの密室から出られないのか?」


エティエンヌが推測する。


「何かの封印か、制限か?」


ルーアンは答えなかった。彼は耳を澄ませていた。


静寂。


死んだような静けさ。


聞こえるのは二人の呼吸音だけだった。


「先に進もう」


ルーアンが言った。


「この忌まわしい場所から出る」


二人は通路を登り続けた。石段は急で、しかも滑りやすい。慎重に登らざるを得なかった。


十分ほど登ったところで、ルーアンが突然立ち止まった。


「待て。何かおかしい」


眉をひそめる。


「何が?」


エティエンヌが訊く。


「来たとき、この通路はこんなに長くなかった」


ルーアンが言う。


「それに……」


彼は前方に手を伸ばした――


硬い石に触れた。


「畜生」


ルーアンの声に絶望が滲む。


「壁がある」


エティエンヌも触れてみた。確かに、前方には完全な石壁があり、隙間は一切ない。


「そんな馬鹿な?」


エティエンヌの声が震える。


「俺たち、ここから下りてきたんだぞ!」


「罠だ」


ルーアンが歯を食いしばる。


「この地下システム全体が罠なんだ。通路が変化する、封鎖される。『破暁之光(はぎょうのひかり)』が設計したんだ」


「じゃあどうする?」


エティエンヌの声は恐慌に満ちていた。


「俺たち、閉じ込められたのか?」


ルーアンはすぐに答えなかった。彼は考えていた。


聖徽(せいき)の力はすでに尽きている。箱の力も消耗し切っており、回復には時間が必要だ。食料も水もない。そしていつ新たな怪物が現れるか分からない。


「慌てるな」


ルーアンは自分を落ち着かせようとした。


「通路を戻って、他の出口がないか探そう」


二人は向きを変え、引き返し始めた。


だが数歩進んだところで、ルーアンがまた立ち止まった。


「待て。聞こえるか」


エティエンヌが耳を澄ます。


かすかな……風の音?


「風だ!」


ルーアンの目が輝く。


「風があるということは換気口がある。換気口があれば、他の出口もあるかもしれない!」


彼らは風音の方向へ進んだ。通路はさらに狭くなり、一人が横向きでようやく通れるほどになった。


五分ほど歩くと、通路が突然開けた。


別の小さな密室に出た。


この密室は今までのものより小さく、三メートル四方ほどしかない。壁は平らな石ブロックで組まれており、これまでの粗末な下水道とはまったく違っていた。


そして何より――ここは綺麗だった。


汚水も、ゴミも、鼠の死骸もない。


「ここは……」


エティエンヌが周囲を見回す。


「誰か住んでいたのか?」


ルーアンは頷いた。壁の隅に粗末な木製ベッドがあることに気づいた――正確には、かつてベッドだったもの。今は腐って骨組みだけが残っている。


ベッドの脇には小さな木のテーブルがあり、その上に何か散らばっていた。


ルーアンは近づき、慎重に調べた。


燭台――錆びた鉄製の燭台。


インク瓶――乾涸びているが、かつてインクが入っていたことが分かる。


羽根ペン――折れて、テーブルに散乱している。


そして……


一冊の手記。


ルーアンの手が震えながら手記を取り上げた。


表紙は深紅の革で、すでに色褪せて黒ずんでいる。その上に奇妙な記号が刻まれていた――逆五芒星で、周囲には歪んだ文字が取り巻いている。


「これは何だ?」


エティエンヌが寄ってくる。


ルーアンは手記を開いた。


最初のページに、整った筆跡でフランス語が書かれていた:


【イザベル・ド・ラ・ロシェルの魔法日誌】

【1685年7月15日――1686年3月3日】


「イザベル・ド・ラ・ロシェル」


ルーアンがつぶやく。


「この姓……ド・ラ・ロシェル……」


彼は祭壇の壁で見たあの血文字を思い出した:


【破暁之光は必ず降臨する。真理之鏡(しんりのかがみ)は必ず砕ける。闇はすべてを呑み込むだろう。――大師アルベ・ド・ラ・ロシェル】


「同じ姓だ」


ルーアンが言う。


「このイザベルとあのアルベ……親族関係かもしれない」


彼は手記をめくり続けた。


二ページ目:


【父は私に才能があると言った。人が見えないものを見ることができ、この世界に隠された真実を感知できると。それはラ・ロシェル家の血脈、代々受け継がれてきた賜物だと。】


【だが母はそう思っていない。これは呪いだと言った。一族に破滅をもたらす呪いだと。あの幻視を忘れ、普通の貴族令嬢として生きるよう言われた。】


【私はどちらの言うことを聞けばいいのか分からない。】


三ページ目:


【父は私を『破暁之光』の他のメンバーに会わせた。彼らは私が選ばれた者だと言い、偉大な計画の一部になれると言った。】


【彼らは儀式を見せてくれた。禁断の知識を。私は血肉再構成の奥義を見た。生と死の境界がいかに脆弱かを見た。】


【私は恐ろしくもあり、興奮もしている。】


ルーアンは素早くページをめくった。手記には大量の魔法儀式、ルーン図案、そして様々な暗黒の知識が記されていた。


だが後ろに行くほど筆跡は乱れ、内容も混乱していった。


【1685年11月2日】

【実験は失敗した。鼠たちは変異したが、制御できない。殺さざるを得なかった。】

【父はこれは正常だと言う。偉大な成就には犠牲が必要だと。】


【1685年12月15日】

【また失敗した。今度変異したのは召使いだ。彼は怪物になり、三人を殺してようやく制圧された。】

【私はこの全てに疑問を抱き始めている。】


【1686年1月8日】

【父が狂った。深淵の呼び声が聞こえると言う。『それ』がもうすぐ降臨すると。】

【彼は大規模な儀式の準備を始めた。生きた人間の血が必要だと。純潔な魂を生贄にすると。】

【私は拒否した。もうこんなことは続けられない。】


【1686年2月3日】

【私は逃げ出した。手記と材料を盗み、地下に隠れた。】

【父が追ってくる。私が一族を裏切った、『破暁之光』を裏切ったと言って。】

【だがもう構わない。ただ生き延びたいだけだ。】


【1686年2月20日】

【食料がもうすぐ尽きる。外に出る勇気がない。外には守衛がいる。あの怪物たちも。】

【私は父の封印を解く方法を研究している。逃げ出す方法が見つかるかもしれない。】


【1686年3月3日】

【遅すぎた。奴らが私を見つけた。】

【壁の外から音が聞こえる。あの水の音。あの鳴き声。】

【もう時間がない。】

【もし誰かこの手記を見つけたら、教会に届けてほしい。パリ地下の『破暁之光』の秘密を伝えてほしい。アルベ・ド・ラ・ロシェルの計画を伝えてほしい。】

【彼らは大規模な儀式を準備している。パリの地下で『それ』を召喚しようとしている――深淵から来る存在を。】

【彼らを止めて。お願い。】


手記はそこで終わっていた。


最後のページには、乱れた筆跡で複雑な魔法陣が描かれており、周囲には様々なルーンと注釈が記されていた。


図案の下には、血で書かれた一行の文字:


【封印解除呪文: 血を鍵とし、骨を引とし、魂を生贄とし、闇の門は開かれん。】


ルーアンは手記を閉じた。手が震えていた。


「彼女はここで死んだんだ」


エティエンヌの声が低く響く。


「あのイザベルが」


「ああ」


ルーアンは頷き、そして視線を壁の隅のある場所に向けた。


そこには白骨の山があった。


風化しているが、人間の骨格だと分かる。骨には黒い、干からびた蔓状の物質が絡みついていた――おそらく最後に彼女を殺したものだ。


「『破暁之光』は百年以上前から布石を打っていたんだ」


ルーアンが言う。


「この地下システム全体が彼らの建造物だ。あの実験も、怪物たちも、すべて彼らの作品だ」


「じゃあ俺たちはどうする?」


エティエンヌが訊く。


ルーアンは再び手記を開き、あの魔法陣を注意深く研究した。


「彼女は封印を破る方法を研究していたと書いている」


ルーアンが言う。


「もしかしたらこの魔法陣が答えかもしれない」


「でもそれには血と骨と魂が必要だ」


エティエンヌがあの血文字を指さす。


「俺たちは……」


「必ずしもそうとは限らない」


ルーアンが遮る。


「これは『破暁之光』のやり方だ。だがイザベルは彼らを裏切った。他の方法を研究していたはずだ」


彼は手記をめくり続け、いくつかのページの端に、とても小さな字で書かれた注釈を見つけた。


その注釈には別の方法が記されていた――生きた人間の生贄を必要としない方法が。


「見つけた」


ルーアンが言う。


「彼女は別の方法を見つけていた。殺人は必要ない。必要なのは……」


彼は言葉を止めた。


「何が必要なんだ?」


エティエンヌが急かす。


「志願者が必要だ」


ルーアンがゆっくりと言った。


「自分の血と精神力を使い、一時的に魔法陣を起動させる。そうすれば地上への通路が開く」


「だが……」


ルーアンは手記の警告文を見た。


「この過程は非常に苦痛を伴う。そして起動者は短時間、深淵の力と接触することになり、理性を失う可能性がある」


二人は目を合わせた。


「俺がやる」


ルーアンが言った。


「俺はもうあの箱の力を使った。体内にすでに闇の印がある。もう少し増えても、大した違いはないだろう」


「でも――」


「でもはない」


ルーアンが遮る。


「お前は生きて出て、ここの状況を隊長に、教会に報告するんだ。『破暁之光』の計画を伝えろ。地下に何があるかを伝えろ」


彼は手記を握りしめた。


「これが俺たちの唯一のチャンスだ」


エティエンヌは黙り込んだ。そしてゆっくりと頷いた。


「分かった。だが約束してくれ。何が起きても、生き延びるって」


「できるだけな」


ルーアンが苦笑する。


彼は手記の指示に従い、床に石で魔法陣の輪郭を描き始めた。


描きながら、彼は考えていた――


ガスパールは死んだ。


シプリアンも死んだ。


レオナールも死んだ。


三人の生きた人間が、目の前で死んでいった。


そして自分がこれからやろうとしていることは、自分自身も破滅に導くかもしれない。


だが選択の余地はなかった。


これをしなければ、自分もエティエンヌもここで死ぬ。


そして『破暁之光』の秘密も、永遠に地下に埋もれることになる。


「描けた」


ルーアンは立ち上がり、床の複雑な魔法陣を見下ろした。


彼は手記を握りしめ、懐の箱に触れた。


「さあ」


彼はエティエンヌに言った。


「この地獄から出よう」



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