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第169章 マナ・サイフォン-魔力吸引術



空が白み始めた頃、三人は疲れ切った体を引きずりながら森を出た。


「疲れた……」ルナは今にも倒れそうだった。


「あそこで少し休もう」ヴィラが遠くを指さした。「小川があって、滝もある。顔を洗えるわ」


三人は川沿いに十五分ほど歩くと、水音が聞こえてきた。


茂みを抜けると、視界が開けた——


高さ三メートルほどの小さな滝が崖から流れ落ち、下の淵に落ちて白い飛沫を上げていた。朝焼けの淡い光が水面に差し込み、きらきらと輝いている。周囲は深い森に囲まれ、朝靄が木々の間を漂っていた。


「きれい……」ルナは疲れも忘れて水辺に駆け寄り、澄んだ水を両手ですくって顔を洗った。


ルーンもしゃがみ込み、冷たい水で顔や腕についた血汚れを洗い流した。一晩中の狩りで全身が痛み、何度も弓を引いたせいで腕がわずかに震えていた。


ヴィラは淵のそばの大きな岩に腰を下ろし、懐から革表紙のノートを取り出した。


「ルーン」彼女が声をかけた。「こっちに来て座りなさい」


ルーンは彼女のそばの岩に腰を下ろした。


ルナも顔を拭いて興味深そうに近づいてきて、鞄から乾パンを何枚か取り出し、二人に配った。


「まず何か食べて」彼女はパンをルーンの手に押し付けた。「昨夜から何も食べてないでしょ?」


「ありがとう」ルーンはパンを受け取り、一口かじった。


「君の二重魔力源の問題だけど」ヴィラはノートを開きながら、パンをかじりつつ言った。「ずっと考えていたの。今夜の狩りの最中に、ひとつ手がかりを思いついたわ」


ルーンは目を輝かせた。「どんな手がかりですか?」


ヴィラはノートのあるページを開き、ルーンの前に差し出した。


「これ、覚えてる? 以前、下水道で拾ったエリザベスのノートよ」


ルーンは目を凝らした——


紙は黄ばみ、端が少し破れていたが、文字はまだはっきりと読めた。ラテン語だったが、ヴィラがフランス語で注釈をつけていた。


---


**《《魔力吸引術》》(マナ・サイフォン)**


等級:一環自創呪文


**原理概要:**


本術は三層の入れ子構造の魔法陣を構築し、術者と対象の間にエネルギーの勾配を生み出す。外層は吸引場(attraction field)で求心力を発生させる。中層は分解行列(decomposition matrix)で、吸収した魔力を基礎エネルギー状態に分解する。内層は貯蔵核(storage core)で、エネルギーを一時的に保存・調和させ、最終的に術者自身の魔力源に融合させる。


**エネルギー変換計算:**


入力魔力を E₀、魔法陣の吸引効率を α、分解効率を η、調和損失を β とすると


最終融合量:E_f = E₀ × α × η × (1-β)


実測データ:α ≈ 0.78、η ≈ 0.85、β ≈ 0.12


よって総変換率は約58%


---


ルーンは数式を眺めながら、改めてエリザベスの才能に感嘆した。以前にもこのノートは読んでいたが、読み返すたびに新しい発見がある。


ルナも首を伸ばして覗き込み、眉をひそめた。「この記号は何? 暗号みたい」


「数学的な記法だよ」ルーンが説明した。「具体的な数字の代わりに記号を使うことで、個別の事例ではなく、普遍的な法則を表現できるんだ」


「ふーん……」ルナは半分わかったようなわからないような顔でうなずいた。「じゃあ、このエリザベスって人は、すごい魔法使いだったの?」


「すごかったわ」ヴィラが淡々と言った。「そして、狂っていた」


ルーンは続きを読んだ。


---


**応用範囲:**


1. 他者の魔力を吸収して自身を補充する

2. 環境中の遊離魔力を吸収する

3. 魔法道具に蓄えられた魔力を吸収する


**制限事項:**


本術は外来の魔力のみを処理できる。魔法陣の構造は「内向きの吸引」であり、他者の魔力を自身に吸い込み、分解・調和した後、自身の魔力源に融合させることができる。


しかし、術者が自身の体内に既に存在する魔力を処理しようとしても、本術は無力である。逆方向に作用できないからだ——ポンプが内向きにしか水を汲めず、外向きに押し出せないのと同じである。


---


ここまで読んで、ルーンは眉をひそめた。


しばし沈黙し、頭の中で素早く考えを巡らせた。


(吸引術……外来の魔力を内向きに吸収することしかできない……自身の既存の魔力は処理できない……)


(俺の問題は体内の二つの魔力が衝突していること……それらは外来のものではなく、元から俺の中にあるものだ……)


(だから吸引術は俺の状況には……)


彼は顔を上げ、ヴィラを見た。「先生、この吸引術を学べということですか?」


「考えたわ」ヴィラがうなずいた。「この呪文は魔力を吸収して分解できる。もし習得できれば、外部から少しずつ新しい魔力を吸収して、体内で衝突している二つの魔力を希釈・中和できるかもしれない」


ルーンは少し考えてから、ゆっくりと首を振った。


「たぶん、あまり効果はないと思います」


「なぜ?」ヴィラが訊いた。


「当ててみようか」ルナが突然口を挟み、ノートの一文を指さした。「これでしょ——『本術は外来の魔力のみを処理できる』って。ルーンの体内の二つの魔力は彼自身のものであって、外来じゃないから、この術では直接処理できないってこと?」


ルーンは少し驚いて彼女を見た。


「そう」彼はうなずいた。「その通りだ」


「記号はよくわからないけど」ルナは得意げに顎を上げた。「字は読めるからね」


ヴィラの口元がわずかに上がったが、何も言わなかった。


ルーンは説明を続けた。「仮に吸引術を習得して、外部から新しい魔力を少しずつ吸収して衝突を『希釈』するとしても……この二つの魔力の量が大きすぎる。必要な外来魔力の量は、俺自身の魔力の数十倍、いや百倍にもなるかもしれない」


「それに……」ルーンは眉をひそめた。「これは対症療法に過ぎない。二つの魔力の本質的な衝突は解決されていない。互いに反発し合ったまま、大量の新しい魔力で『薄められている』だけだ」


「互いに反発し合う二つの液体を混ぜたようなものね」ルナが言葉を継いだ。「水で希釈すれば、確かに激しく反応しなくなるけど、本質的にはまだ反発している」


ルーンはうなずいた。「そう、水が蒸発したり、何かの刺激を受けたりすれば、また爆発する」


ヴィラは黙り込んだ。


彼らの言う通りだとわかっていた。


吸引術はこの問題の根本的な解決策ではない。


「じゃあどうするの?」ルナが訊いた。「本当に方法がないの? せっかくまともなチームメイトができたのに、いつか突然『ドカン』って爆発されたら困るんだけど」


ルーンは呆れたように彼女を見た。「……心配してくれてありがとう」


「どういたしまして」ルナはにっこり笑った。


ルーンはノートを見つめ、深く考え込んだ。


滝の音が耳に響いていたが、彼の意識は目の前の問題に完全に集中していた。


(吸引術の核心能力は何だ? 外来魔力を吸収し、分解し、調和させ、自身に融合させる。)


(その制限は何だ? 外来魔力しか処理できず、自身の既存の魔力は処理できない。)


(なら……俺の体内の魔力を『外来魔力』に変える方法があれば?)


(吸引術の鍵は——術者自身にとって、吸収される魔力が『外来』であること……)


(もし俺の魔力源が別の人の魔力源と接続できれば……)


(その人にとって、俺の魔力は『外来魔力』になり、吸引術の原理で処理できる……)


(待てよ……)


ルーンの思考が突然別の方向に飛んだ。


彼の脳裏にひとつのイメージが浮かんだ——


二つの水槽が管で繋がっている。二つの水槽の水位が違えば、水は自然に高いところから低いところへ流れる……


しかし水を循環させるには、何らかの動力が必要だ……


(吸引術は一方向だ。吸うことしかできず、押し出すことはできない……)


(二人が互いに吸引術で吸い合えば、干渉し合ってしまう……)


(問題はどこにある……)


(吸引術の目的は:外来魔力を吸収し、分解・調和させ、自身に融合させること。)


(俺に必要なのは:俺の魔力源を別の人の魔力源と接続し、相手側で分解・調和を行い、それから戻ってくること。)


(この二つのプロセスは違う……)


(吸引術は「吸い込んで、自分のものにする」。)


(俺に必要なのは「接続し、流出し、処理し、流入する」。)


(単純な吸引術ではできない……)


(別の方法があれば……二人の魔力源を接続して、魔力が自然に二人の間を流れるようにする……)


(「吸う」必要も「押す」必要もなく……)


(まるで……まるで……)


ルーンは深く考え込み、眉間のしわがどんどん深くなった。


ヴィラは彼を見守り、口を挟まず、静かに待っていた。


ルナも静かになり、頬杖をついてルーンを見ていた。考え事をしているとき、彼の眉間にはわずかにしわが寄り、目は集中し、まるで周りの世界から切り離されているようだと気づいた。


しばらくして、ルーンは顔を上げた。「先生、ひとつ考えがあるんですが、可能かどうかわかりません」


「言ってみなさい」


「吸引術は魔力を『吸収して分解』できますよね?」


「ええ」


「もし……」ルーンは言葉を選びながら言った。「仮に俺の魔力源と先生の魔力源が何らかの形で接続できたとします。そうすれば、俺の中で衝突している魔力が先生の側に流れたとき、先生にとってはそれが『外来魔力』になる。だから吸引術の原理で分解・調和できます」


「そして、調和された魔力がこの接続を通じて俺の魔力源に戻ってくる……」


「これを繰り返せば、循環するたびに衝突している魔力の一部が処理される。最終的には、俺の中のすべての衝突魔力が統一された安定した形に変換される」


ヴィラの目がわずかに輝いた。「つまり……私の魔力源を『中継点』にするということ?」


「そうです!」ルーンは力強くうなずいた。「先生の魔力源が外部プロセッサとして機能する。俺は自分の魔力源の中でこの二つの魔力を直接処理できない。でも先生の魔力源と接続できれば、そちらを借りて分解・再構成ができます」


「ちょっと待って」ルナが手を挙げた。「質問があるんだけど」


「何?」ルーンは彼女を見た。


「ヴィラ先生の魔力源が『中継点』になるなら、衝突している魔力が流れてきたとき、先生を傷つけないの?」ルナは眉をひそめた。「あなたの魔力はすごく不安定なんでしょ? 先生の魔力源の中で爆発したらどうするの?」


ルーンは一瞬固まった。


ヴィラはルナを見て、目に賞賛の色を浮かべた。「いい質問ね」


彼女はルーンに向き直った。「確かにそれが重要な問題よ。あなたの二つの魔力は互いに衝突している。直接私の魔力源に流れ込んだら、そこで暴走するかもしれない」


ルーンは黙り込んだ。


確かに、この計画には二つの致命的な技術的問題があった。


第一に、どうやって接続するのか? 二人の魔力源をどうすれば繋げられる?


第二に、どうやって安全を確保するのか? 衝突する魔力が師匠の魔力源の中で制御不能になってはいけない。


「もうひとつ問題がある」ルナが続けた。「安全の問題が解決できたとしても、二人の魔力源をどうやって接続するの? そんなこと……できるの?」


ルーンはうなずいた。「ああ、それも重要な問題だ」


彼は深く考え込んだ。


ヴィラも何も言わず、遠くの滝を見つめ、何かを考えているようだった。


朝の光が強くなり、木の葉の隙間から差し込む陽光が水面に落ち、きらきらと輝いていた。


ルナは鞄から水筒を取り出し、一口飲んでからルーンに渡した。


「水飲んで。頭を干からびさせないでよ」


ルーンは水筒を受け取り、何口か飲んでから、またノートを見つめてぼんやりした。


しばらくして、ヴィラが突然口を開いた。


「もしかしたら……方法があるかもしれない」



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