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第160章 改装


一月十五日、レストラン開業予定日まであと一ヶ月。


ここ数日、ルーンはほぼ毎日、聖心慈善食堂に入り浸っていた。職人たちがカンカンと作業する音を聞きながら、進捗を見守っている。


正直なところ、装修の進み具合は予想以上に順調だった。


ロランという男、確かに腕がある。手際の良い職人を集めてきただけでなく、価格もかなり抑えてくれた。


ルブラン商館で働いていた頃の古い付き合いで、人情価格で引き受けてくれたらしい。


ルーンが食堂に着いた時、ロランはちょうど左官職人と話をしていた。壁を指差しながら、何やら細かい指示を出している。


ルーンが入ってくるのを見ると、ロランはすぐにこちらへ歩いてきた。


「ベッカーさん、いらっしゃいましたか」


「ああ、進み具合はどうだ?」ルーンは大広間を見渡した。


壁は石灰で塗り直されていた。以前のカビ臭い灰色の壁とは比べ物にならない、清潔な白だ。


床の石板も大半が補修されている。ひび割れていた箇所は新しい石に入れ替えられ、色の違いは多少あるが、全体としては悪くない仕上がりだった。


「壁と床はほぼ完了です。窓も三箇所は入れ替え終わりました。残り二箇所は明日には取り付けられます」ロランは手帳を開いた。「厨房の竈の改修も始まっています。新しい鉄板焼き台は明後日届く予定です。サン・タントワーヌ地区の鍛冶屋に特注しました」


「いくらかかった?」


「焼き台が六十リーブル、取り付けと煙突の改修を合わせて、計九十リーブルです」


ルーンは頷いた。予算の範囲内だ。


実のところ、自分で調達していたら、この価格の倍はかかっていただろう。


土地勘がない人間は、どうしても足元を見られる。その点、ロランのような人脈がある人間は強い。


ロランは続けた。


「テーブルと椅子については、木工職人と話がつきました。十二セット、一セット四リーブル、計四十八リーブルです。当初の見積もりより十二リーブル安く済みました」


「上出来だ」ルーンは素直に感心した。


この男が老旦那に派遣された監視役だと分かっていても、その能力は認めざるを得ない。


警戒するよりも、うまく使った方が得策だ。


レストランが儲かれば、皆が得をする。それでいい。


「それで、料理人の件はどうなった?」ルーンは一番気になっていることを尋ねた。


料理人の確保は、ずっと頭を悩ませていた問題だ。レストランの命は料理にある。腕の良い料理人がいなければ、何も始まらない。


ロランの表情が少し曇った。


「それが……正直なところ、少々厄介でして」


「どうした?」


「この数日、あちこち当たってみたのですが、腕の立つ料理人は確かにいます。ただ……」ロランは言葉を切った。「値段が高いのです」


「どのくらいだ?」


「少しでも名の知れた者になると、月十五から二十リーブルを要求してきます」ロランは首を振った。「しかもそれだけではなく、住み込みの部屋と食事、さらに祝祭日には心付けも求められます」


ルーンは眉をひそめた。


月二十リーブル。年間で二百四十リーブル。半年分の家賃に近い額だ。


しかも雇うのは一人ではない。二人か三人は必要になる。


そうなると、料理人の給金だけで利益がかなり削られる。


「もっと安い者はいないのか?」


「いるにはいます」ロランは少し躊躇った。「場末の居酒屋で働いているような料理人なら、月五、六リーブルで雇えます。ただ、腕の方は……」


言葉を濁したが、意味は明らかだった。安かろう悪かろう、というわけだ。


ルーンはしばらく黙り込んだ。


それから、ふと思いついたように言った。


「ロランさん、パリには……腕はあるのに、何かの事情で職にあぶれている料理人はいないだろうか?」


ロランは少し驚いた様子で、考え込んだ。


「主人の家が没落したり、亡くなったりして解雇された料理人のことですか?」


「そうだ」ルーンは頷いた。「あるいは、修業を終えたばかりでまだ良い勤め先が見つかっていない若い料理人とか」


この時代、腕の良い料理人のほとんどは貴族や裕福な商人の屋敷に囲われている。一般の店が雇おうとしても、なかなか手が出ない。


だが、例外はある。


主人の家が破産したり、当主が亡くなったりして職を失った料理人。主人と揉めて解雇された者。修業を終えたばかりで、まだ良い勤め先を見つけられていない若手。


こうした者たちは、腕が悪いわけではない。ただ、運がなかっただけだ。


そういう人間を見つけられれば、掘り出し物があるかもしれない。


ロランはルーンの意図を理解したようで、ゆっくりと頷いた。


「当たってみましょう。パリは広い。そういう者も何人かはいるはずです」


「頼む」


「お任せください」ロランは少し間を置いて、付け加えた。「ただ、ベッカーさん、一つ提案があります」


「何だ?」


「どんな料理人を見つけてきても、最終的にはベッカーさんご自身で腕を確かめた方がよいかと」ロランは真剣な顔で言った。「私も色々と食べてきましたが、所詮は素人です。レストランをやるのであれば、料理の良し悪しはご自身で判断された方が確実です」


ルーンは笑った。


「そのつもりだ」


実際、最初からそうするつもりだった。


前世では料理人ではなかったが、それなりに食べ歩きはしていた。


何より、この時代の人間が知らない「味の出し方」を、彼は知っている。


例えば、出汁の取り方。


この時代のフランス料理は、香辛料や酢、ワインで味付けをすることが多い。肉や野菜から旨味を引き出すという発想が、まだ十分に発達していない。


だが、彼は知っている。


鶏ガラや牛骨をじっくり煮込めば、深い旨味のある出汁が取れることを。


野菜を炒めてから煮込めば、甘みと香ばしさが出ることを。


塩加減一つで、料理の印象がガラリと変わることを。


そして何より、彼にはあの調味料がある。


以前、試行錯誤の末に作り出した、旨味を凝縮した粉末。


ほんの少し加えるだけで、スープや煮込み料理の味が格段に良くなる。


高級な料理を作ろうというわけではない。


中産階級向けの、手頃で美味しい料理。


だが、「他の店より少しだけ美味い」——それだけで十分だ。


その「少しだけ」を実現できる知識が、彼にはある。


「では、そういうことで」ルーンはロランに言った。「料理人候補が見つかったら、この食堂に連れてきてくれ。実際に何品か作ってもらって、俺が味を見る」


「承知しました」ロランは頷いた。


ちょうどその時、入り口から足音が聞こえた。


振り返ると、シャルルだった。


今日はやけに正装している。紺色の上着に銀のボタン、髪も綺麗に整えている。どこか正式な場から来たのだろう。


「ベッカー!」シャルルは嬉しそうに歩いてきた。「商館を出たついでに寄ってみた」


「ついで?」ルーンは眉を上げた。「ヴィヴィエンヌ通りからサン・ジャック通りまで、どこがついでだ?」


ヴィヴィエンヌ通りは右岸、サン・ジャック通りは左岸。間にセーヌ川が流れている。「ついで」とは到底言えない距離だ。


シャルルは図星を突かれても動じず、へらへらと笑った。


「分かった分かった。装修がどうなってるか見たかったんだよ。俺も二千リーブル出資してるんだから、気になるだろ?」


「そうか。じゃあ勝手に見てくれ」ルーンは大広間を指した。「壁と床はほぼ終わった。厨房はまだ作業中だ」


シャルルはぐるりと見て回り、感心したように言った。


「へえ、思ったより良いじゃないか。もっとボロボロかと思ってたけど、手を入れたら結構まともになるもんだな」


「ロランさんのおかげだ」ルーンはロランを見た。


ロランは軽く頭を下げた。


「もったいないお言葉です、坊ちゃま」


シャルルは厨房を覗き込んでから戻ってきて、尋ねた。


「そういえば、料理人は見つかったのか?」


「まだだ」ルーンは状況を簡単に説明した。


シャルルは聞き終えると、眉をひそめた。


「なら、父に聞いてみようか? うちの商館でも宴会の時に料理人を雇うことがあるから、何か情報があるかもしれない」


「ああ、頼む」ルーンは断らなかった。


手がかりは多い方がいい。


三人はもう少し話をしてから、シャルルは用事があると言って先に帰っていった。


去り際に、ルーンの肩を叩いて言った。


「ベッカー、頑張れよ! 俺は配当を楽しみにしてるからな!」


「分かってる」


シャルルを見送った後、ルーンはロランに言った。


「ロランさん、今日はここまでにしよう。料理人の件、よろしく頼む」


「承知しました」ロランは頷いた。「ベッカーさんは、この後どちらへ?」


「孤児院に行く。神父と開業日程の最終確認をしたい」


「分かりました。私は知り合いに当たって、料理人候補を探してみます」


二人は食堂の前で別れた。


ルーンはサン・ジャック通りを南へ歩き、すぐに聖心孤児院に着いた。


門をくぐると、ルナが中庭で子供たちに文字を教えているのが見えた。


「この字は『A』、分かる? そう、『A』……上手上手!」


ルナはルーンに気づくと、子供たちを放り出して駆け寄ってきた。


「ルーン! 来たの!」


「ああ」ルーンは彼女を見て、思わず笑った。「すっかり馴染んでるな」


「当たり前でしょ!」ルナは得意げに胸を張った。「修道女にも褒められてるんだから!」


「それは結構だが……」ルーンは彼女を上から下まで見た。「お前、痩せたんじゃないか?」


ルナは一瞬固まり、無意識に自分の頬を触った。


確かに、ここ数日は忙しかった。洗濯、掃除、子供の世話……食事もろくに取れていない。少しやつれた気がする。


「うるさいわね!」彼女はルーンを睨んだ。「あんたみたいに毎日外で美味いもん食べてる人とは違うのよ!」


「誰が美味いもの食べてるって?」ルーンは苦笑した。「俺だってここ数日、パンばっかりだぞ。温かいものなんてろくに食べてない」


「自業自得でしょ!」


二人は少し言い合ってから、ルーンは本館に入り、ブラウン神父に会いに行った。


神父は相変わらず書斎にいて、何かを書いていた。


「神父様」ルーンは扉を叩いた。


「ああ、ルーン、入りなさい」神父はペンを置いた。「装修の方はどうだね?」


「順調です。あと半月もすれば終わるかと」ルーンは言った。「それで、開業日程の最終確認をしたくて。二月中旬を予定していますが、いかがでしょうか」


「二月中旬か……」神父は少し考えた。「四旬節の前だね。日程としては問題ないだろう」


「では、そのように」ルーンは安堵した。


神父の書斎を出て、ルーンは廊下に立ち、窓の外を眺めた。


空が徐々に暗くなっていく。


装修は順調。場所は確保した。開業日程も決まった。


あとは、腕の良い料理人を見つけるだけだ。


料理人さえ揃えば、すべてが整う。


ルーンは深く息を吸い、心の中で自分を奮い立たせた。


もう少しだ。


彼のレストランは、もうすぐ開業する。

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