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第103章 リア充演技マニュアル

外から見れば、俺たち情報工学科の学生は、ハイテクでお洒落な未来のITエリートに映るらしい。


だが業界の内側にいる人間なら知っている——俺たちは徹夜でコードを書き続け、髪は脂ぎって、まるで廃人のような理系オタクだということを。


でも彼女に紹介する時は、当然「東京大学情報理工学系研究科の学生」って名乗るんだけどね!


要するに、これはパッケージングゲームなんだ。「寮で三日間風呂に入らずデバッグしてた」を「学業に専念していた」と言い換え、「生活費がカツカツでカップ麺しか食えない」を「シンプルな食生活を心がけている」と美化する。


この自己美化スキル——もしかしたら東大で学んだ最も実用的な技術かもしれない。


***


LINEの通知音が鳴った。


雫からの返信は予想外に早く、内容は簡潔明瞭だった。


『今夜暇?新宿で《インターステラー》観ない?』


お、このスピード感!今日は機嫌が良さそうだ。


チャット履歴を遡ると、先週彼女がこの映画を観たいと言っていたのを思い出した。その時「今週末絶対一緒に行こう」って約束したんだっけ。


——待てよ、これって完全に自爆フラグじゃないか?


いい彼氏アピールしようとして、財布の中身も考えずに「絶対行く」なんて軽々しく約束しちまって。


映画代と食事代で、どう考えても五、六千円は消える。俺の一週間分の食費が一瞬で蒸発する計算だ。マジか。


でもこんな本音、口が裂けても言えるわけがない。


恋愛というゲームにおいて、「金欠」は最悪のステータス異常で、バレた瞬間にゲームオーバー確定だ。


……まあいいか!


珍しく彼女の方から誘ってくれたんだし、前回のプレゼントも気に入ってくれたみたいだ。ここは男を見せるしかないだろ。


『OK、6時に新宿東口で』


素直にそう返信すると、即座に返事が返ってきた。


『やった!遅刻厳禁だからね♪』


猫の絵文字付きで。


よし、完璧だ。それにしてもこの子、ホント行動が早いな。


時計を見ると、もう午後三時半を回っている。悠長に構えてる場合じゃない。


急いで実験データを保存して、研究室の先輩に「お先に失礼します」と挨拶を済ませ、学生寮まで全力ダッシュ。シャワーを浴びて着替える。


脱ぎ散らかしていた靴下と、三日着続けたTシャツを洗濯カゴにぶち込み、彼女が「それ似合ってるよ」と言ってくれた濃紺のシャツに袖を通す。


ちなみに「似合ってる」を正しく翻訳すると「それ着てる時は廃人オタクに見えない」という意味だ。


でも彼女が好きだって言うなら、着る。そもそもデートなんて、お互いが演じ合う一種の舞台芸術みたいなものだろ。俺は彼女好みの服を着て、彼女は自分が最高だと思うメイクをして、最終的に待ち合わせ場所で「私たちお似合いだね」という完璧な演技を披露する。


当時、東大の学部四年生だった俺は、毎月実家から十二万円の仕送りを貰っていた。バイト代を合わせると月十八万円くらいの収入になる。大学が提供する学生寮のおかげで家賃は月四万円で済むんだが……


うちの実家の経済状況は、ごく普通だ。


福岡の地方都市で、両親は平凡なサラリーマン。息子を東京の東大に通わせるだけで精一杯のはずだ。月十二万円という仕送りは、きっと彼らにとって限界ギリギリの金額なんだろう。


だから俺は基本的にバイトで生活費を補っている。


今、学部四年まで来て、銀行口座の残高はたったの四十万円。この金額じゃ、アメリカの大学院に出願する費用にすら届かない。TOEFL受験料、GRE受験料、出願費用、書類の国際郵送代……渡航費と初期生活費なんて、夢のまた夢だ。


正直、かなりヤバい状況だ。


でも、彼女は大切にしたいし、ずっと一人は嫌だし。


これが現実だ。「貧困」と「孤独」の二択で、俺は前者を選んだ。


——正確に言えば、貧困という代償を払って、一時的に孤独から逃れられるという幻想を手に入れた。


この取引は正解だったのか?


そんなこと知るか。どうせ他に選択肢なんてなかったんだから。だって大学時代に彼女を作るなんて、理系オタクの大半が人生で一度は経験したい夢じゃないか。


当時の俺には明確な将来設計があった。卒業後はアメリカの大学院に進学して、シリコンバレーで就職する。


でもこのプラン、雫には詳しく話していない。


話したくないんじゃない、話せないんだ。なぜなら話した瞬間、「俺たちには期限がある」と宣告するのと同じだから。


だから分かってほしい、俺が当時どれだけ雫を大切に思っていたか。


——「大切」なんて言葉は綺麗すぎる。


本当は「依存」と「現実逃避」だ。留学準備のプレッシャーから逃げるために彼女に依存して、「いずれ終わる関係」という真実から目を背けて。


だって、この容姿と経済力と家柄が全てを決める世界で、彼女ができただけでも十分な勝利じゃないか。


将来のことは……将来考えればいい。


***


白咲雫——しらさき・しずく。


この名前を初めて聞いた時、何か特別なものを感じた。


花子や美咲みたいなよくある名前じゃなく、「雫」という一文字に透明感のある美しさがある。雨上がりの葉先に残る一粒の雫みたいに。


彼女は早稲田大学文学部の学生で、サークルの合コンで知り合った。


実家は埼玉県で、待ち合わせ場所は新宿駅東口。


六時ちょうど、俺は約束の時間に到着した。


人混みの中、彼女の姿はすぐに見つかった。


淡い水色のワンピースを着て、肩まで伸びた黒髪が夕方の風に揺れている。スマホの画面を見下ろしている横顔が、傾きかけた陽の光に照らされて柔らかく輝いている。


認めよう、この瞬間は確かに美しい。


でもよく分かってる。この美しさには相応のコストがかかっている。水色のワンピースはそれなりの値段がするし、艶やかな黒髪は定期的なケアが必要で、夕日に映える完璧な横顔の裏には計算されたメイクと角度調整がある。


いわゆる「ナチュラルな可愛さ」なんて、実は全て緻密に設計された結果だ。


でもそれがどうした?俺だって演じてるし、彼女だって演じてる。みんな役者なんだから、お互い様だろ。


「杨介くん!」


顔を上げた彼女が俺を見つけて、満面の笑顔を浮かべた。


——その瞬間、周囲の喧騒が消えた。


新宿駅前の雑踏も、路上ミュージシャンの歌声も、駅のアナウンスも。全てが遠くのBGMになった。


待て待て、この「世界に二人だけ」感覚は何だ?マジで本気になってるのか?


おいおい、冷静になれよ杨介。お前はアメリカに行く予定だろ。この期限付き恋愛に本気で入れ込んでどうする!


俺が見つめると彼女の瞳がキラキラと輝いて、彼女も俺を見て心底嬉しそうに笑う。


そう、家柄も条件も関係なく、純粋に感情だけで言えば、俺たち二人は本当に相性がいいんだ。


俺は内心、かなりのコンプレックスを抱えている。


顔は悪くないけど眼鏡をかけた典型的な理系男子で、身長は百七十五センチ——日本ではギリギリ合格ラインだ。体型は痩せ型で、トーク力もない。それに経済状況と将来設計を考えると、まさに「ないない尽くし」だ。定職なし(まだ学生)、車なし、そして留学予定(つまり彼女に「この先はない」と暗に伝えているようなもの)。


要するに俺は、「スペック微妙なのに恋愛しようとする図々しいタイプ」なんだ。


でも仕方ないじゃないか。人間は欲張りな生き物なんだよ。


この関係に未来がないと分かっていても、「誰かに必要とされる」感覚を味わいたい。これがいわゆる「確信犯」ってやつだ。


だから想像してほしい。雫みたいな彼女ができて、俺がどれだけ満足しているか。


もちろん、心の片隅では思う。もし彼女の実家がもう少し裕福だったら、卒業する時に……


——待てよ、何考えてんだ?俺、アメリカに行くんだろ?なんで今「将来」のこと妄想してんだ?


恋愛中って本当にIQ下がるんだな。留学するって決めてたはずなのに、いつの間にか「日本に残って彼女と一緒にいる」選択肢を考え始めてる。


この矛盾した心理状態、まさに典型的なクズ男のメンタリティだ。


付き合い始めて三ヶ月。彼女について分かったことは——一人っ子で、両親は埼玉で小さなレストランを経営していて、裕福ではないけどそこそこやっていけているということ。


性格は穏やかで、よく笑う女の子。話す時、目が三日月みたいに細くなる。


「杨介くん、今日疲れてない?」


雫が心配そうに聞いてきた。


俺はすぐに笑顔を作って答えた。


「大丈夫!今週ちょっと実験忙しかっただけ。でももう終わったから、今日はゆっくりできるよ」


——指導教授、すみません。また実験を言い訳に使いましたけど、全然罪悪感ありません。だってあなた、本当に課題多すぎるんですもん。


本当に申し訳ないのは雫の方で、教授についた嘘の何倍も彼女には嘘をついてるんだから。


そう思いながら、雫の表情を観察する。


予想通り、俺の言葉を聞いて彼女の顔がパッと明るくなった。俺がこのデートを優先してくれたことが嬉しいんだろう。


——そう、これこそ俺が狙った反応だ。


「じゃあ、まずご飯食べよ?」


彼女が提案してきた。


***


それから俺たちは夕食を食べに行った。新宿の回転寿司店——高級ではないけど、みすぼらしくもない、ちょうどいいライン。


食べながら会話して、お互いに今週あった出来事をシェアする。


「最近ゼミの発表準備で大変なの。文献読むの多くて」


「文学部って本当に読書量すごいよね。俺たち理工系はコード書きすぎて禿げそうだけど」


彼女がクスクス笑って言う。


「えー?杨介くんの髪、まだふさふさじゃない」


褒められて、何だか照れくさくなった。


「今はまだ学部生だからね。博士課程入ったら一気に来るって」


——待て、「博士課程」?俺、アメリカの大学院に行く予定じゃなかったっけ?なんで今「日本で博士」みたいな話してんだ?


どうやら嘘が多すぎて、自分でも何が本当で何が嘘か分からなくなってきたらしい。


まるでデバッグ作業みたいだ。一つのバグを修正したら三つの新しいバグが発生して、最終的にコード全体を書き直す羽目になる。


そんな調子で会話は弾んでいく。


食事が終わって会計の時——二千八百円。


生活がカツカツの学部生にとって決して安くはないけど、彼女のためなら、価値がある。


俺はごく自然に言った。


「じゃ、映画観に行こうか」


期待を込めて彼女を見つめると、彼女が嬉しそうに頷いた。


「うん!行こう!」


立ち上がる彼女——水色のワンピース姿を見て、俺の胸が温かくなった。


***


俺たちは新宿の映画館へ向かった。


東京の夜は煌びやかで、通りは人で溢れている。


アクセサリーショップの前を通りかかった時、雫がショーウィンドウの指輪を見つめて足を止めた。


その視線に気づいて、俺は心の中で密かにメモする。


——バイト代が入ったら、絶対あれを買ってあげよう。


映画館のロビーに入った。


チケットは彼女がネットで予約してくれたもので、支払いは俺が担当。学生料金二人分で三千六百円、ポップコーンとコーラのセットで千円。


合計七千四百円。


——来週一週間、カップ麺確定だな。


でも彼女の嬉しそうな顔を見てると、財布に詫びを入れるしかない。


上映室に入って席に着く。周りに次々とカップルが入ってきて、ささやき合ったり、スマホをいじったりしている。


照明が徐々に暗くなっていく。


広告が流れ始める。


最初、俺たちはそれぞれの席に座っていて、俺は行儀よくポップコーンを取っては彼女に渡していた。予告編が次々と流れ、周囲の音が静まっていく。


十五分ほど経って、本編が始まった。


スクリーンに壮大な宇宙の映像が映し出され、音楽が響き渡る。


雰囲気が良くなってきたと感じて、俺は何気ないふりをしてゆっくりと手を彼女の方へ滑らせ始めた。


——よし、作戦開始。目標:手をつなぐこと。方法:自然な流れを装うこと。成功率:不明。スタート!


あれ?彼女は映画に集中しているみたいで、俺の動きに気づいていないようだ。避けることもない。


——待て、本当に気づいてないのか?それとも気づいてて、でも知らないふりをしてくれてるのか?


この心理戦、難易度高すぎだろ!


そうして、驚くほど簡単に、俺たちの指が絡み合った。


その瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった。


——成功だ!作戦成功!


彼女が本当に気づかなかったのか、わざと合わせてくれたのか分からないけど、とにかく手をつなげた!


でもこの幸福感は一秒も続かず、俺はすぐに新たな問題に直面した。


——この体勢、めっちゃ疲れるんだけど。


腕をずっとこの角度でキープしなきゃいけなくて、筋肉が悲鳴を上げ始めた。でも今動いたら、せっかくのロマンチックな雰囲気が台無しになるんじゃないか?


仕方ない、我慢しよう。これも恋愛のコストだ。金だけじゃなく、筋肉の痛みも支払わなきゃいけない。


この体勢をさらに十分間維持して、俺の腕はもう限界に近づいていた。


——ダメだ、このままじゃ腕が壊れる。何か気を紛らわせないと。


疲労を感じた俺は、思い切って動いた。


ふわりと彼女の頬に顔を近づけて、唇で軽く触れる。本当に一瞬だけ、触れるか触れないかくらいの、そっと水面に触れる羽のようなキス。


よし!どうせもう覚悟決めたんだ!

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