プロローグ:走れなかった日から、すべてが始まった
不破聖衣来さんをモデルにインスピレーションを働かせて小説を書いてみました。
中学最後の大会、ジュニアオリンピックのゴールラインを切ったとき、私は確かに世界の中心にいた。
走ることは、私の呼吸で、心臓の鼓動で、生きている証だった。
「不破セーラは、未来の日本代表だ」――そう言われて、疑ったことなんて一度もなかった。
だけど、あの日。
高校3年の夏、トラックに膝をついて、立ち上がれなくなったとき、世界は音もなく崩れた。
シンスプリント?脛骨過労性骨膜炎?貧血?
怪我をしたのは、間違いない。
体がもう走りたくないって、言ってるのかな?
休めば、治る?
でも、休んで練習しないと、選手としてはダメになる。
でも、練習すると、また、痛くなる。
痛い=ストレス=走れない=辛い=再ストレス
復帰のメドはいつ?
“あのとき無理をしなければ”“あと一歩抑えていれば”
そんな後悔が何度も頭をかすめた。
けれど、本当はわかってた。
――私は、もう「走れない」ってことを。
推薦も、スカウトも、未来も消えた。
残ったのは、空白のような日々と、重たく湿った静けさだけ。
それでも、陸上部の仲間たちは、私の復活を信じて、エース不在の穴埋めをしてくれている。
そんなとき、母に勧められて訪れた、小さな隠れ家のような鍼灸院。
畳敷きの室内、微かに香る漢方の匂い、老鍼灸師のしわくちゃな笑顔。
正直、最初は「気休め」だと思っていた。だけど、鍼が皮膚に触れた瞬間――
身体の奥で、何かが“響いた”。
その日から、私はもう一度、自分の身体と向き合うことを決めた。
走るためだけでははない。
他の誰かを救うために。
そして、あるニュースが舞い込んできた。
T大学、医学部に「鍼灸学科」新設――伝統医療と科学の融合を目指す第一期生を募集。
「もう一度、夢を追ってもいいのかもしれない」
心のどこかで、忘れかけていた“熱”が蘇った。
あの日、走れなかった私は、再びスタートラインに立つ。
この手で、自分を、誰かを、世界を癒せると
気にいってくれる人がたくさんいるといいなあ。