コミュ障ハンター編3
「さっき逃げ出したのは、質問に答えたくなかったからなのか?」隣を歩くヴィクターに尋ねる。すると彼はうなずく。
「まあ確かにちょっと押しの強そうな人だったからな。中には苦手だっていう人も多いかもしれないな」
彼はうんうん、と勢いよくうなずいた。そんなに嫌だったのだろうか。
こうして俺には普通に返事をしてくれるあたり、彼は俺のことを苦手だと思っているわけではないみたいだ。しかし声を出しての会話にはためらいがあるらしい。
「人と話すのが苦手なのか?」
彼はうなずく。
「そうか。まあ、エリシアはああ言ってたけど無理に話さなくてもいいと思うぞ。やりたくないものを無理にやらなくたっていい」
彼の気持ちの問題に、他人がちょっかいを出すのはやはりよくない気がする。どんなに俺がこうさせたいと思っていたとしても、彼にその気がなければどうにもならない。逆に、俺が何かせずともこの問題は、時間が解決してくれるはずだ。
その時、彼がずいっと近寄ってくる。何事か、と思っていたら彼は耳打ちしてきた。
「俺は、人と話せるようになりたい」
それだけ言うと、彼はすっと離れる。俺は彼の顔を見る。彼は真顔でこちらを見ていた。
なぜ耳打ちをした? この距離なんだから、普通に話せばいいだろ。
「そうか。そうなのか。うーん、そうだな」
アドバイスといわれても、ぱっと思いつくようなものはない。だいたい、人と話すのにどんなテクニックがいるというのか。
とはいえ、人と話す気があると分かってよかった。それならあとは慣れの問題だろう。犬に声をかけることはできるらしいし、大丈夫だろう。
そうか、犬か。そこでいいアイディアを思いつく。
「相手を犬だと思って話しかけてみたらいい」
俺の言葉に、彼は首をかしげる。
「ほら、美人な女性とかを相手に会話しようとすると、どうしても緊張して言葉が出なくなったりするだろ。でも犬に声をかけるときに緊張して話しかけられないなんてやつはいない。だから美人を前にしていても犬に話しかけるつもりで声をかければ、自然なかたちで言葉が出てくるってわけだ」
彼はうなずく。
「試しに俺で練習してみろ」
彼はうなずく。しかし彼はなかなか声を出そうとしない。代わりに周りにちらちらと視線を走らせている。
そうか、ここは大通りで人目につく。それで彼は緊張しているのだろう。
「ここは人目が多いから、人目につかないところでやるか」
彼を連れて裏通りへ行く。そこには人がまったくいなかった。
「そうだな、あいさつなんかしてもいまいち盛り上がらないだろうから、エリシアのことについて話すか。あの人、見た目は痩せててきれいだけど、いつもなんか食ってるんだよな。お菓子やらデザートやら食ってて、仕事しながら食うこともあるから、そのせいで書類におやつのカスがついてたりする。ヴィクターは、あの人に会った時はどうだった? やっぱなんか食ってたか?」
「俺の」初めて彼が声を出した。
「うん」
「俺の時もなんか食ってた」彼は言った。
「やっぱりそうか。そうだと思ったよ。ていうか、普通に話せてるじゃないか」
「ジョンの言う通りにやったらできた」彼は言う。
「それならよかった」
そのまま雑談をしながらゆっくり歩いて、大通りへ出てみる。彼は若干、緊張したようなそぶりを見せたものの、ちゃんと会話を続けてみせた。
話しながら歩いているうちに、酒場に着いた。
「すみません、バムトという男のことを知りませんか?」酒場の店主に尋ねた。
「ああ、あそこにいる男が見えるかい? あの、頭にコインみたいな形のハゲがある男なんだけど」店主は一人の男を指さす。
「はい」
「あいつはバムトとよく仲良くしてた。何か知ってるかもしれん」
「そうですか。ありがとうございます」
コインハゲの男へ近寄っていく。そして彼の座っている四人掛けの席のうちの一つに腰をかける。
「すみません、バムトの住んでいるところとか知りませんか?」
「なんだお前? なんでそんなこと答えなきゃなんねえんだよ」男は眉をひそめる。
「素直に答えていただけるとありがたいんですがね。俺らも暇じゃないので。それとも、もうちょっと荒めの聞き方が好みなんですか?」
「それは脅しか?」
「脅しで済めばいいですね。俺はどちらでも構いませんよ。隣にいる彼はランク7のハンターでしてね、ちょっと加減が下手くそでついやりすぎてしまうんです。しかし安心してください。あなたが死ぬことはありません。俺はヒーラーなので、あなたの四肢がもがれようと、内臓が破裂しようと、全部治してみせます。何度でも治してあげます」
彼は青ざめる。
「てめえ、そんなことしてただで済むと思ってるのか?」
その言葉には答えず、無言で彼を見る。これ以上、何を言えばいいのかわからない。この沈黙で、なんとかびびってくれないだろうか。拷問なんてやったことないし、やるつもりもないのだ。
男はチッと舌を鳴らした。
「バムトはソトランドフォード地区にある下宿に住んでる。赤い屋根に雑草の生えている家だ。見ればわかる」男は答えた。
「ありがとうございます。ご協力、感謝します」
席を立って、店を出る。店を出たあとも、心臓がばくばく鳴っていた。
「すごいな、ジョン。こういうことに慣れてるのか?」ヴィクターが尋ねる。
「いいや、初めてだ。思っていたよりもうまくいってよかった。相手が間抜けで助かった」
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