ランク7ダンジョン編7
白いドアの先に広がっていたのは、こことさほど変わらないような廊下だった。ただし、ここと比べると少し暗いような気がした。原因は、窓から差し込む光がないということだった。
どういうことなのかは、中に入ってみたことで分かった。この先の空間は、窓の外の景色が夜になっていたのだ。天井にあるシャンデリアのおかげで明るいが、明らかに雰囲気は変わっていた。
おそらくここは、ボス部屋へ通じる廊下だろう。通称セーフティゾーンと呼ばれる場所で、けっして魔物の現れない安全地帯だ。白いドアから入れる場所、というのが目印になっている。
ただ、この場所には珍しい特徴があった。道が三つにわかれていたのだ。普通、セーフティゾーンはまっすぐボス部屋へと伸びる一本の廊下しかない。わざわざ三つの道を用意して、迷路みたいにしているところはこれまで見たことがなかった。
何かがおかしい。そんな気がした。
その時、ずしんという足音がした。後ろを見ると、みんなも後ろを向いていた。その視線の先にいたのは、巨大な人型の影だった。体の色は赤黒くて、頭から長い角が二本伸びていて、俺の頭と同じ高さのところに膝があった。
ばかな。なぜベヒモスがここにいるんだ。セーフティゾーンに魔物は出ないはずだ。
俺が呆けているなか、他のメンバーは早くも戦闘態勢に入る。中でも動きが早かったのはメイプルだった。彼女はベヒモスから一番遠いところにいたにもかかわらず、大きく跳躍することでまっさきにやつへ飛びかかっていった。
彼女の全身がオレンジ色のオーラに包まれる。そして彼女は右の腕を振り上げた。
彼女の動きはけっして遅くはなかった。しかしベヒモスはいとも簡単に、彼女を腕で払い飛ばしてしまった。
払い飛ばされた彼女が壁に激突して、大きな音が響き渡る。そして彼女の体が床へ落ちた。床に倒れた彼女は、ピクリとも動かない。
俺は前へ駆け出した。それとほぼ同時に、みんなも動き出す。
「アブソリューティオ・ブリザーブ!」エリシアが呪文を唱える。火をも凍らせる冷気の風がベヒモスを襲う。
ベヒモスは強烈な冷気を受けても凍りつくどころか、メイプルにとどめを刺そうと動き始めていた。
「くっ、冷気が効かないなんて」エリシアが顔をゆがめる。
そのベヒモスを、今度は雷撃が襲う。アルマの攻撃だ。しかしエリシアの出す魔法でさえ効かない相手だ。弱点の属性でもない限り攻撃は通らないだろう。
せめてメイプルを回復させて、自ら逃げ出せるようにできれば。しかし俺と彼女の間にある距離はあまりに大きい。全力で走っているのに、全然間に合わない。
ベヒモスが拳を振り下ろす。しかしその拳を、ヴィクターが漆黒の盾で止める。メイプルを一撃で昏倒させた一撃を、彼は見事に受けきってみせていた。
ベヒモスが拳に体重をかけ始める。しかし彼はそれにも耐える。しかしさすがにしんどいのか、彼の口からうめき声めいたものが漏れていた。
だが、彼の作ってくれた隙が、俺の回復を間に合わせた。
「ヒール!!」
彼女の破裂した内臓や、折れた骨をすべて修復するまでに一秒かかった。普段ならなんでもない時間だが、この相手の前では一秒立ち止まるのですら危険だ。
「起きろ、逃げろ!」
メイプルはばっと起きだす。「あんがと、助かった!」彼女はそう言いながら、こちらへ逃げてきた。
「コンフューデンス!」アニスがベヒモスに向かって、呪文を唱える。
するとベヒモスがヴィクターに加えようとしていた攻撃を中断して、虚空を見上げる。そして天井のシャンデリアに向かって威嚇してみせた。
「魔法で、シャンデリアを襲い掛かろうとしている魔物に見せてる! いまのうちに逃げて!」アニスが叫ぶ。
彼女がすべて言い終える前から、俺は逃げ出していた。あんなのまともに戦って勝てるわけがないのは、火を見るより明らかだ。
背後でシャンデリアの割れる甲高い音と、天井の崩れるがらがらという音が聞こえてきた。
一番先頭を走るヴィクターが、角を右に曲がる。それに俺たちもついていく。
「ヴィクター、どこでもいいから部屋があったら入って!」エリシアは彼に向かって叫んだ。
しかし部屋はなかなか見つからないようだった。そこで彼は、とにかく見つかった角を曲がるという行動をとった。ベヒモスをまくという意味で、これは正しい戦略だった。
やがて彼は立ち止まって、部屋のドアを開けた。そこへ全員、入っていった。
部屋に入るや、全員が魔物の襲撃に備えて身構える。部屋の中には、ビンが大量に置いてある棚がいくつもあった。そして教室みたいに大量の机とイス、それと教卓があった。
机のうちの一つに、花瓶に生けられた花が置かれていた。目立つが、ただの花以上のものではないようで、何も起こらない。
いつまで経っても、魔物の襲撃はなかった。
「信じられない。なんで白いドアを通ったのに、ボス部屋がないの?」エリシアは困惑したように言った。
「もしかして、あの廊下を歩いてるやつがボスとか?」その可能性はある。ここにいるみんなが、いろいろなダンジョンに潜った経験がある。その中にはイレギュラーもあったはず。
「誰か、今回と同じような経験をした人はいる?」エリシアが全員に向かって尋ねる。しかし、誰も答えなかった。つまり、今回のようなことはみんな初めてだったということだ。
「いったんはここに隠れるとして、これからどうする?」アルマが尋ねた。
「もう一回戦う!」するとメイプルがなんのためらいもなく宣言する。
「バカじゃないの、帰るに決まってるでしょ! だいたいあんた、さっき一撃でやられてたじゃない!」エリシアが怒鳴った。
「あの強さはもう、ランク7の魔物ってかんじじゃなかった。全員で戦っても、勝てるとは思えないんだけど」アニスが言った。
「大丈夫、私にはこのオールドパーツがあるからな」エリスは耳についている赤いイヤリングを触ってみせる。
「これはエリスの林檎っていうやつでな、相手から受けた攻撃の分、魔力を上昇させてくれるんだ!」
「あなたに心強いオールドパーツがあるのはわかったわ。でもみんな、ここへは査定に来ただけであって、あれと戦いに来たわけじゃない。生きて帰るのが最優先よ」エリシアは言った。
「でも待って。帰るっていっても、どうやって? あんな複雑な道を通って来たのに、戻る道を覚えている人なんている?」アニスが尋ねる。
その問いに誰も答えなかった。俺も、帰り道を覚えてはいなかった。あれだけ複雑な進み方をしたうえに、動揺していた。道など覚えているわけがなかった。
「しかもベヒモスは今も廊下にいる。そのベヒモスから逃げ回りながら入口に行くのはかなり難しい」アルマは指摘する。
一瞬、その場にいる全員が黙り込む。その沈黙が、事態の深刻さ物語っているような気がした。
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