ランク7ダンジョン編5
部屋の中には、教室のように机とイスがずらっと並べられていた。ただし、そこに生徒の姿はなく、代わりにいたのは大量のピクシーだった。紫色の体色の、子供くらいの大きさで、虫みたいな羽根を背中から生やした魔物が、空中を飛びまわったり、机の上を歩いたりしていた。
そして今、ピクシーたちはみんな、ヴィクターと俺に注目していた。と、それらがにわかに飛び始めて、こちらに殺到し始めた。ぶううううん、というスズメバチの羽音のような音が、幾百と合わさって大きな騒音を作り出す。
「よっしゃ、やってやらあっ!」メイプルが無謀にもピクシーの群れの中へ突っ込んでいく。ヴィクターも漆黒の剣を出して、前に出る。
「やばい、ピクシーの群れだっ」一方の俺は、さっさと逃げ出して後ろにいるエリシアたちに状況を伝えただけだった。役立たずはさっさと逃げるに限る。
直後、紫色の洪水みたいに入口からピクシーがなだれ込んでくる。逃げようとしていた俺も、すぐにピクシーにまとわりつかれてしまった。
ピクシーをなんとか腕で振り払おうとするが、無意味だった。すでに五体ものピクシーにまとわりつかれてしまっていて、一体どかしたくらいではなんにもならなかった。
そのうちの一体が俺の耳に噛みつく。
「痛だだだ!」
腰にさげていた剣を抜こうとしたが、手は空を切る。あったはずの剣がない。おかしいと思って、左に目をやると、ピクシーが俺の剣を鞘から抜いて、持っていた。人の武器を奪うとは、魔物にしてはかなり知能が高い。
ピクシーが剣を振りかぶる。よけようとするが、周りのピクシーに動きを阻まれて動くことができない。やばい、斬られる。
その時、剣を振りかぶっていたピクシーを雷撃が襲った。雷で全身が黒焦げになったピクシーが床に落ちた。
見ると、アルマが木でできた杖を持って立っていた。彼女の周囲には、黒焦げになったピクシーたちがいっぱい落ちていた。
「見てこれ。オールドパーツの雷の錫杖をモデルにして作った魔道具なんだよ、すごいでしょ」
「助かった。ついでに、こいつらも頼む」
「すごいでしょ?」
今訊くことじゃねえだろ、と思ったが、褒めないといつまでも助けてくれなさそうだ。早くしないと、俺の耳が食いちぎられる。
「すごい、すごいから、はやく助けて!」
「わかった。だけどジョン、悪いけど一回死んで」彼女は不穏なセリフを吐く。
「え? ぎゃああああっ!」
彼女が杖をとん、と床に一回つくと、俺に電流が走った。殴られたかのような衝撃が全身を襲う。だがそれを感じたのも一瞬のことで、すぐに意識が飛んだ。
気がつけば、俺はピクシーの死骸と一緒に床に倒れていた。アルマがこちらを見下ろしている。いつの間にか、生きているピクシーの姿は消えていた。
「よかった、生きてるみたいだね」彼女は言う。
「雷のせいで死にかけたけどな。今、どうなってる? ピクシーは?」
「大丈夫、今ほかの人たちがピクシーをやっつけてるところ」
立ち上がって、部屋の中を見てみる。
まず目に入ったのは、小型のドラゴンが火を吹いて暴れているところだった。
「なんか増えてる・・・・・・なんでドラゴンが?」
しかもなぜかドラゴンは、俺たちではなくピクシーばかりを攻撃していた。魔物同士が敵対することもないわけではないが、それでもなぜ敵対しているのかがわからない。
その戦いぶりは圧倒的だった。ピクシーは炎を前にして、なすすべもなく焼き払われていく。
「あれはアニス」
「あれって、あのドラゴンがアニスなのか!」変身魔法を使って変身した、ということなのだろう。しかし変身魔法というのはかなり難しい魔法の一つだ。一瞬でまったく別の生き物に変わるのは、ましてやドラゴンなどという大きな生物に変身するのは相当難しいはずだ。
アニスは頑張っていた。しかしそれでも、かなりの数のピクシーが炎をすりぬけて、彼女へ殺到していく。
だがアニスへ近づくピクシーたちに向かって、疾風のように素早く襲い掛かっているやつがいた。メイプルだ。両手両足にオレンジ色のオーラをまとっている。彼女は拳や蹴りで、ドラゴンに群がるピクシーたちを蹂躙していた。
彼女は武闘家なのだろう。魔力で自分の肉体を強化して戦うという、いたってシンプルな戦術をとっている。しかしそのパワーは圧倒的だ。ハエのように群がる数十匹ものピクシーが、彼女一人の手によってことごとく蹴散らされていく。
そしてアニスがいるほうとは反対のところでは、人間くらいのサイズの、白い煙の塊が空を飛び交っていた。まるで精霊か何かみたいに神秘的なそれは、飛び交うピクシーたちの間を飛んで行く。あれはエリシアだろう。
疾風マントを使っているあいだは、白い煙に体を包まれて、風のような速さで空中を移動できるのだ。
エリシアのそばにいるピクシーたちが、次々に凍りついて落下していく。その気になれば、全部まとめて凍らせることもできる彼女がそれをしないのは、周りを巻き込まないためだろう。
そしてヴィクターは、短い漆黒の剣を二本持って、近くにいるピクシーを残らず斬り倒していた。
そしてあっという間に、ピクシーは全滅した。
戦いが終わると、小型のドラゴンがボン、という音を立てて煙に包まれる。煙が晴れたあとに登場したのは、元に戻ったアニスだった。
これがランク7のハンターか。普通の人なら逃げだすような場面でも、力で倒しきる。しかも、結成したばかりで連携もへったくれもなく、おのおの好き勝手に戦ってこれなのだ。ちゃんと協力できるようになったら、どれだけ強くなれるのか。
この中で唯一、俺だけが何もしていないという事実に、少しだけ罪悪感を覚えた。しかしそれを言い出したらそもそも、元ランク3の俺はここに来るべきではなかったのだ。強力なオールドパーツがあるわけでもないし、いても何の役にも立たないのは前からわかっていたことだ。
アニスがこちらにやってくる。
「大丈夫、生きてた? いきなりピクシーにやられかけてるの見て、びっくりしちゃった。助けてあげられなくてごめんね」
「ああ、大丈夫だ。俺はヒーラーだから、自分の傷は自分で治せる。もしケガしてたら治すけど」
「怪我はしてないから大丈夫、ありがと。ところで、君の名前ってなんだっけ? エリシアちゃんとアルマちゃんのは聞いたんだけど、君の名前はまだ聞いてなかったよね」
エリシアをちゃんづけで呼んでいるところに、恐ろしさを感じる。俺だったら、絶対にできない。俺がそんなことをしたら、半殺しにされそうだ。
「俺はジョン・スミスフィールドだ」
「私はアニス・ロックハンド。得意な魔法は変身と幻術ね。もしジョンくんがさっきみたいに死にかけてたら、楽しい幻覚を見せて楽に逝かせてあげるから」
「そこは助けろよ」襲い掛かってくるピクシーを錯乱させる魔法とか、いろいろあるだろ。
「いいツッコミだね。君、結構おもしろいね」
「そうか?」
そこでエリシアがみんなに呼びかけた。
「一応、ここを調べてみましょう。こんなところでも意外と、まともなオールドパーツが手に入るかもしれないわ」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます! 次の話ではどんなオールドパーツが手に入るのでしょうか? 次の話は4月12日夜11時30分に投稿する予定です。
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