ランク7ダンジョン編3
メイプルは俺の手から手を離すと、後ろにいるヴィクターに向かって声をかけた。「ねえ、お前なんで全然話さないの? 舌ないの?」
「あー、ヴィクターはちょっとその、ちょっと人見知りでな。人と話すのが苦手なんだ。だからしゃべらない。そこで通訳として俺が呼ばれた。弱いのにもかかわらず俺が呼ばれたのは、まあそういうことだ」
「は? なんだおめー、言いたいことあるんなら自分で言えや」メイプルがヴィクターに向かって言う。
するとヴィクターが俺に耳打ちしてくる。
「話しかけんなイカレ女、って言って」
やだよ。それは自分で言え。
無理だ、という意志をこめて彼にアイコンタクトしてみる。しかし彼は俺の腕をつついて、言ってくれとうながしてくる。
まあ、俺の知ったことではない。どうせ、怒られるのはヴィクターのほうだ。俺はただ、彼の言ったことを伝えるだけだ。
「話しかけんなイカレ女、だってさ」
「なんだと、こらっ!!」彼女が拳を突き出してくる。なぜか俺に向かって。
「ごふっ」
彼女の拳が俺の顔面にヒットする。じん、とするような感覚のあとに、鼻に激痛が走る。鼻の骨が折れたらしい。
「なんで俺を殴るんだよ!」鼻を抑えながら、ヒールで治す。
「あ、ごめん。つい」
「しかも、なんでヴィクターを殴らないんだよ。あいつにも怒れよ! 俺にしたことと同じ事しろよ!」
「いや、なんかジョンを殴ったらすっきりしたから、いいかなーって」メイプルはけろっとした顔で言う。
このイカレ女め。まじでアホだろ。頭振ったら、カラカラって音がしそうだな。
「ごめんって。にらまないでよ」
「にらんでるわけじゃない。もともと目つきが悪いだけだ」喧嘩を売ったところで、買われても困る。
「ジョン、気が済んだ? 気が済んだなら私と一緒に来てちょうだい。アニスを迎えに行くから」エリシアが言う。アニス、というのはたぶん遅刻しているメンバーの名前だろう。名前から察するに、女性だと思われる。
「いいですけど、大丈夫ですか? この三人だけで待たせておいて」俺はアルマ、ヴィクター、メイプルのほうを指さす。「また喧嘩とかしそうですけど」
「あなたがいるほうがむしろ騒ぎが大きくなるわ。なんであんなストレートに言うのよ。バカじゃないの?」
確かにもうちょっと、オブラートに包んで言うべきだったかもしれない。今度からはそうしよう。
それにしても、ヴィクターのそばにいなくてもいいなら、俺がここに来た意味があるのだろうか?
いや、それを言うのはよそう。自分から200万メルシュを捨てるような真似をすることはない。
「何ぼーっとしてるの? 行くわよ」
「あっはい」
彼女と一緒にアニスという仲間の元へ行く。彼女はとある下宿まで来ると、下宿の女主人に言って中へ入れてもらう。
「ここです」下宿の女主人が言う。
エリシアがドアをノックする。しかし返事がない。
「開けていいですよ。いつもノックしただけじゃ起きないですから、あの人は」
エリシアがドアを開ける。部屋の中は、めちゃくちゃ汚かった。脱ぎ散らかした服やら、空き瓶やらが床に散乱している。部屋の中の空気を吸うだけで、肺が汚染されるような気がする。
そんな危険地帯へ、エリシアはずかずか入り込んでいく。俺は後ろで待機する。いくらなんでも、女性の部屋に男が踏み込むのはまずいと思ったからだ。床に散乱している服が女性ものなので、アニスが女性であることは明らかだ。
「アニス、起きなさい!」エリシアは、ピンク色の髪の毛が見えるあたりへ手を伸ばす。
「ひゃんっ!」直後、女性が体をびくっと震わせる。あれはおそらく、エリシアに冷気を当てられたな。首筋に氷を押し付けられたようなものだ。
「ほら、起きてちょうだい。寝坊してるわよ」
「んん・・・・・・あと五分、いや十分寝かせて」
「寝るな。もう十分寝たでしょ」エリシアは彼女の布団をばっとはぎとる。それによって、アニスの姿があらわになる。
彼女は裸だった。彼女の丸み帯びた乳房やゆるやかなラインを描く腰に、本能的に目を奪われかける。しかし理性が働いて、瞬時に目を閉じる。
「見るなーっ!」エリシアが怒鳴った。
「見てません! 床のシミ見てました!」慌てて嘘をつく。しかし床の見えない部屋の、どの床を見ていたのかっていう話だ。慌てて、部屋の中が見えないところに避難する。
うー、とかぎゃー、とかいう、エリシアとアニスの声がしばらく聞こえていた。たっぷり三十分くらい待ったあと、エリシアがアニスを連れて出てきた。
アニスはピンク色の髪の毛をボブカットにしていて、サファイアみたいな青色の目をした女で、特徴的な銀色のブーツを履いている。ブーツのほうはおそらくオールドパーツだろう。
彼女が俺のほうを見てねえ、と声をかけてくる。
「なんですか?」
「私の裸、見た?」
「み、見てないっ!」
「見たんだ、うわ、やーらしー」アニスはにやにやした。
その横でエリシアがジト目でこちらを見ていた。
そんな目で俺を見るな。俺は何もしていない。いや、何もしなさ過ぎたのかもしれない。ドアぐらいは閉めておくべきだった。
「行くわよ、変態」
エリシアからの呼び方が、変態にランクダウンしていた。返事はしなかった。自分が変態であると認めないことが、せめてもの意地だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 次の話でいよいよ、ダンジョンへ潜ります。次の話は4月9日夜11時30分に投稿する予定です。
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