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第十七章

 七月の太陽は熾烈だった。


 とっくに梅雨時だと言うのに、今日も空は青々と晴れ渡っている。 


 特別捜査本部の解散により、千住警察署にも日常が戻って来ていた。


 幸都は伊伏と加東と、千住警察署の廊下を歩いている。


 あの日、伊伏と加東も凶人を処理していた。そして、その後の小川奈々や松平良次やらのスマホを解析し、キング・ジムが中心となった『凶人事件』の全容を解明していた。


 幸都達『特務処理』官は、篠本らを射殺した後、さらに二人の凶人を処理し、八人の精神共感者を隔離施設へとぶち込んだ……真中千早は精神耐性が高かったらしく、隔離に至らなかったが、小川奈々の人質になった男子高校生は施設行きだった。


 篠本を処理したから五日、終わってみると二〇人近い犠牲者を出してしまった。 


 だから彼らは千住警察署の署長室に呼ばれている。そこには谷田部警視もいるはずだった。


 廊下が騒がしくなる。


 富永警部補が直属の部下の刑事達を引き連れて、前から歩いて来るところだった。



「おやっ」富永は幸都らに気づくと顔を歪めてより声を張り上げる。


「全く、何が『特務処理』係だ! 俺達がいないと何も出来ない出来損ないのダーティ・ハリーじゃねえか! あの事件で俺達がどんなに走り回ったか……無能な『特務処理』係様のために」


 刑事達がちらちらと幸都達に視線を送りながら忍び笑いをし、通り過ぎて行く。


「ヘンだなー?」


 加東が不思議そうに口を開く。


「あいつらが使ったー捜査報告書やー調書を集めたのはー、オレたちだー。何でー他人の功績に乗っただけーの奴らが偉そうなんだー?」


「結局、富永主任達は空威張りしか出来ないのさ」ふ、と伊伏が鼻で笑う。「何よりも連中が身に染みているだろうよ」


「富永主任なんてどうでもいいだろう? 俺達は今、谷田部警視と財前署長に呼ばれているんだぞ!」 


 幸都はそれどころではない。


 何しろ彼には家庭がある。今、職を失う訳には行かない。


 ──恵麻との生活をなんとしても守らないと。いったいどんな用件なんだ? ……あるいは小川奈々を射殺した件か? 


 巡る懊悩に関係なく三人は署長室に着き、幸都が扉をノックした。


「入りたまえ」


 署長室の正面の席には財前署長が着いていて、その横に谷田部警視が、定規でも当たられたかのように、まっすぐ立っている。


 幸都達の形通りの挨拶の後、谷田部警視は口を開いた。


「今回の事件だが……」警視の口辺が緩んだ。


「よくやってくれた。君達は完璧にやり遂げた、日本を救ったんだ。勿論、小川奈々射殺についても査問の必要はない」


 小言や嫌味の一つでも覚悟していた幸都は、意外な展開に半ば口を開ける。


「正直なところ、事件が『凶人』がらみだと分かった時点で、私は政府に報告して自衛隊の派遣を求めるか迷った。


 だが、その必要はなかった。君達がほぼパーフェクトに事態を処理してくれたからだ……わずか数日で」


 谷田部の話を聞いている財前も、丸い顎を何度も上下させていた。


「……それだけ、凶人は異常だ」


 谷田部が真顔になった。


「あんな街中の施設での凶人事件なのに、二〇人に満たず済んだのは奇跡だ」


 今回の事件の被害者やらだ。


「私はSAT投入を覚悟していたよ」


「しかし、まだ事件は終わってません」


 伊伏が谷田部の顔色に関係なく、平坦な口調で発言した。


「うん」と谷田部は頷き、財前と一瞬目を合わせる。


「凶人の篠本を最初に転化させた一人が不明だ。だがそれでも被害は最小限なんだ……当然、最初の一人を見つける捜査は行う。ただそれは財前署長の下で、千住警察署が、だ。我々の出番は終わりだ」


 財前の目が鋭い。これからの捜査の算段を、既に頭の中で巡らせているのだろう。


「欧米の『凶人』……向こうでは『デーモン』事件は深刻化している。規模も大きく、警察力では手に負えなくなった国もある。『凶人』は脅威なんだよ、人間社会の」


『我々は地球の意志だ』……幸都は篠本の台詞を思い出し、内心でかき消した。


「……だが日本でのそれは、まだ我々警視庁が制御できている……これは完全勝利と言えるんだ……現体制と方法で日本はやっていけている……だから」


 谷田部の視線が加東を向いた。



「加東巡査、君から出ている『凶人』射殺への疑義は認められない」



 え、と幸都は目を丸くする、加東がそんな意見を上げたなんて知らなかった。



 ──加東……が? 凶人を射殺するのに……反対……?



「そーですかー」と彼は呑気に答える。


「傷つけなくてもー逮捕してー隔離すればー、とー思ったんですがー」


「ダメだ。隔離したところで凶人の食事はどうする? まさか人肉を与えろ、とは言わないだろうね?」


 加東を黙らせた谷田部の目が、次に伊伏に移った。


「……私は、他の警察官の意見はともかく、今の『特務処理』係は有効に機能していると考えている。だから、伊伏巡査、君の辞表も受け入れられない」



 伊伏はほろ苦い表情になる。



「……職業選択の自由はなし、ですか?」


「残念ながら、その法は日本国がある事が前提なんだ。凶人は国を傾かせる存在だ……食人願望が世間に伝染して行ったら、あっという間に国はなくなる」


「わかりました」伊伏と加東は諦めた様子で、谷田部に敬礼した。


 幸都も慌てて、二人を倣う。


『特務処理』官の三人は、捜査本部指揮官からの思わぬ賞賛を受けて、その場を辞した。




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