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〝彼女〟と間接キッス

 駅から歩いてすぐの『塩ホルモンと赤身肉 大王』。

 家からも歩いてすぐなので、貴志にとって行きつけの店だった。


「いらっしゃーい」


 店内は適度に空いていて、すぐに座ることができた。

 とりあえずビールと、アイリスにはソフトドリンクだ。

 それからサラダと適当にいくつか肉を見繕って、注文した。

 

 アイリスはきょろきょろと店内を見回している。

 やはり全てが物珍しいらしいようで、目をキラキラと輝かせていた。


「気をつけてくださいね」


 お店の人が運んできたのは七輪だ。

 中には焼けた炭が入っているので、触ったら大変なことになってしまう。


「アイリス、熱いから触らないようにね」

「あつい? ……うん!」


 どうやら〝アイリスメモ〟を見て、『熱い』の意味を確認したようだ。

 もう既にある程度の単語なら分かるのかもしれない。

 貴志はアニメのパワーに驚くばかりだった。

 

 メモを見せてもらい、知っている単語を確認していたら飲み物がきたので、アイリスとグラスを軽く合わせる。

 こういう時になんて言うかも既に学習済みだったようで、アイリスはドヤ顔で「かんぱーいっ!」と口にした。


「か、乾杯……」

「お、兄ちゃん。外国人の彼女さんかい? 元気のいい乾杯だったな」


 ちょうどサラダを運んできてくれた大将がそんなことを聞いてきた。

 否定するのも面倒だったので「ええ、そうなんですよー」と頷いておく。

 

「かのじょ?」


 アイリスが驚いた顔をして、自分を指さしている。

 しまった、『彼女』も学習済だったか……貴志が誤魔化そうとすると、正面に座っていたアイリスが何故か隣に席を移動してきた。

 そして、顔を近づけてきて再度聞いてくる。

 

「わたし、かのじょ?」

「ごめん、嫌だったよな……。説明が面倒だからって嘘はいけなかったな」

「うそ? うそ……。そっかぁ……」


 アイリスはメモを確認して、『嘘』 の意味を調べると悲しそうに肩を落とした。

 思わず貴志は手を振って言い訳をする。


「ちがうちがう、そうじゃ……そうじゃない! けど、そんなこと言われたら嫌……だろうから」


 そんな焦った貴志の言葉に、アイリスはこてんと首を傾げる。

 

「いや、じゃないよ?」

「えっと……ってことは——」

「はい、これ盛り合わせね〜」


 肉がテーブルに置かれた音で、貴志は我に返った。

 けれどまだ心臓(ハツ)が高鳴っている。口から飛び出て盛り合わせに並びそうだ。


「と、とりあえず食べよっか」

「うん!」


 勘違いじゃなければ、好意は持ってくれているのだろう。

 けど、アイリスのいう『かのじょ』が、貴志の考えているものと同じなのかが分からない。

 どのラブコメアニメで勉強したかによって関係性に微妙な違いがあるだろうし。

 まあ、結局のところ自信がないからそう自分に言い訳をしているだけか。

 貴志はそう自嘲しながら、サラダを取り分けた。

 

「いただきます」


 随分と流暢になった食前の感謝を済ませて、アイリスはサラダをぱくついている。

 貴志が会社に行っている間に猛練習したのか、箸の使い方も様になっていた。

 

「アイリスは頑張りやさんなんだな」

「がんばりやさん?」


 アイリスはメモをぱらぱらとめくってから、こてんと首を傾げた。

 さすがにそんな言葉までは載っていなかったか。

 

 貴志は、自分が同じように異世界に飛ばされたことを想像してみた。

 たった数日じゃ、カタコトであっても喋れる気がしない。

 そもそも貴志が目を通したことのある異世界転生ものでは、神様だかにチートをもらって言語も最初から翻訳済のものばかりだった。

 そりゃそうだ、わざわざ言語の勉強からはじめていたら話が進まないもんな。


「そういやアイリスはチートとかないのか?」

「ちーと……そくし?」

「いや、作品名じゃなくてさ……。まぁいいや、とりあえず肉焼くね」


 まずは上タン塩だ。これは焼き肉の基本だな。

 塩から焼くのはタレが網について焦げないようにってことらしい。

 両面を軽く焼いたら、アイリスの皿に載せてやる。

 ついでにレモンを絞ることも忘れない。


「どうぞ」

「うん。あっ、おいし!」


 どうやらお気に召してくれたらしい。

 貴志も焼けたタンを食べてみる。うん、やっぱり美味いな。

 あっという間にタンを食べ終わったので、次は赤身だ。

 店名で赤身を推しているだけあって、この店の赤身はちょっと特別だ。

 タレには卵黄が真ん中に乗っているので、これを混ぜてから浸して食べる。

 

「んんっ、すごい!」

「いや、アイリスがすごいよ。どんどん語彙が増していくな」

「アイリスもすごい? やったぁ」


 輝く笑顔で、肉を頬張るアイリス。

 ああ、分かった。アイリスが貰ったチートはきっと可愛いチートだ。


「それからこいつはハラミだ。これは出汁で食べられるぞ」

「うん! おー、さいこー」


 最後に大将おすすめのホルモン盛り合わせを焼く。

 あふれる油が炭の火力を上げていくので、近くいると顔が燃えそうだ。

 アイリスを見ると、ちょっと汗をかいている。

 なぜか緊張をしたような顔で、ぶつぶつと何かを呟いてさえいる。


 じっくり焼いたホルモンをひっくり返すと、油が落ち、七輪から炎が上がった。

 おっと、こういう時は氷を網に載せて——。


「縺薙♀繧�っ!」


 アイリスがばっと手を伸ばすと、網が氷に包まれていく。

 貴志は思わず呆気にとられ、言葉を失ってしまった。


「…………」

「……すごい?」


 アイリスはピンチを乗り切った時のような晴れやかな顔をしている。

 確かに高く上がっていた炎は鎮火した。鎮火はしたが……。


「どうしたらいいんだ……」


 貴志は氷漬けにされた網を見つめて頭を抱えた。

 炭の火も消えてしまっている。

 

「とりあえず店員さんを呼ぶしかないか」


 凍った網を目にした店員さんは当然だが、ギョっとした顔をしていた。

 それでも何も言わず、網と七輪を替えてくれた。


「すみません……」


 貴志は新しい七輪を運んできてくれた店員さんに平謝りするしかなかった。

 アイリスも最初はきょとんとしていたけど、自分が失敗したことに気付いたのか、しゅんとなる。


「まあ、失敗は誰にでもあるから気にすんな!」


 貴志はそういうと、アイリスのためのアイスを追加で注文する。

 しばらくして運ばれてきたアイスを口にしたアイリスは、飛び上がって驚いた。

 それから自分の驚きを共有したかったのか、貴志の口にもスプーンを運んでくる。

 アイスくらい食べたことあるぞ……貴志はそう言いかけた。

 けど、キラキラした目で「たべてみて!」と勧めてくる彼女を無碍にもできなくて。

 

「おいし?」

「うん……すっごいおいしい」


 アイリスと共有したそのアイスは、いつもとは違う特別な味がした。

 

—————————————————


 気付けば焼き肉の部分を詳細に書いてて、一体何を書いているんだ……と、困惑して削っていたら遅くなってしまいました笑。

 モデルにしてる店、美味しいんです。

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