異世界の卵は硬いので
「おはよ」
「あ、ああ……おはよう」
目を覚ますと、目の前にアイリスの顔があった。
彼女は貴志が起きたのを確認すると嬉しそうに笑う。
昨日のことなんて覚えてません、というような顔で。
どうやら先に起きて、貴志の寝顔をずっと見ていたらしい。
なんだか気恥ずかしさを覚えて、掛け布団を蹴り飛ばしながら起き上がる。
ふと時計を見ると、6時半だった。
普段は8時に起きることもあるくらいなので、今日はかなりの早起きだ。
「よし、今日は朝ご飯でも作るか」
冷蔵庫を開けると卵がいくつかあった。それと半分使ったベーコン。
まあ朝だしこれで充分だろう。
材料を取り出してフライパンを取り出すと、アイリスがとててと近づいてきた。
「どうした? 一緒にやる?」
「うん!」
フライパンを軽く上げて尋ねると、満面の笑顔で頷いた。
もしかしたら向こうで料理やったことあるのかもしれないな。
「じゃあフライパンに卵を割ってくれる?」
「うん!」
そんな貴志の予想は、気持ちの良いくらいに裏切られた。
アイリスが卵をフライパンの上で握ると、ぐしゃっという音と共に殻が粉々に砕けた。
もちろん黄身も潰れてしまっている。
卵の思わぬ割り方に焦りつつ、なんとか大きな殻は取り除いた。小さいのは……諦めよう。
「ご、めん?」
「なんで疑問形? まぁ仕方ないよ。向こうの世界の卵はこっちのより相当硬いんだろうな」
じゃないと、握力検査のように卵を握り潰したことの説明がつかない。
申し訳なさそうな顔をしているアイリスに、柔らかい卵の割り方を見せてやることにする。
「まずは平らな所にコンコンとぶつけて、ヒビが入ったら両手で持って……こう」
貴志が割った卵はつるんとフライパンに滑り込んだ。もちろん黄身も無事だ。
お手本で失敗しなくて良かった。貴志は密かに胸を撫で下ろした。
「おおー」
アイリスがパチパチと拍手をしてくれる。
大したことじゃないけど、まあ褒めてくれるのは気分がいいもんだ。
顔を綻ばせながら、フライパンの空いたスペースにベーコンを全部投げ込んだ。
「おっと、パンを焼くのを忘れるところだった」
食パンを2枚トースターに入れて、ダイヤルを回しておく。
ちなみにトースターは忘年会のビンゴでもらったやつだ。
魔法のランプのロゴが入った、ちょっといいトースター……らしい。
「よし、完成だ」
貴志はカリカリに焼いたベーコンを皿に置く。
それから2つの目玉焼きを半分で切ると、黄身が潰れた方を自分の皿に載せた。
「アイリスはパンを持っていって。うん、それそれ。熱いから気を付けろよ」
「うん! 縺ゅ▽縺っ!」
「ほら、だから気を付けろっていったろ」
貴志はケトルからカップにお湯を注ぎながら、アイリスに注意をした。
後で冷やしてやらないと、なんて過保護な心配をしながら。
「いただきますっ!」
「おお、随分上手になったな」
テーブルに並んだのは、カリカリに焼いたベーコンと目玉焼き。
それにトーストとコーンスープだ。
まぁこれだけあれば朝ご飯としては及第点だろう。
これにサラダが付けば満点だった、と思いながら目玉焼きを口に入れる。
アイリスが割ってくれたからか、いつもより美味しく感じた。
もちろん小さい殻がバリバリと存在を主張はしていたけど。
「さて、今日も仕事に行ってくるからね」
「うーん……」
朝ご飯を食べてから服を着替えていると、アイリスは悲しそうな顔をし始めた。
今日も仕事に行くことが分かったのだろう。
でもこればかりは仕方がない。
「悪いんだけど、今日もアメマを見て待っていてくれ。お昼はこのパンね」
「うん……あ、縺九∩縺後⊇縺励>縺ョ!」
「なんだ、なんか欲しいの? 書く? あ、もしかしてこれか?」
貴志はボールペンとメモ帳をカバンから取り出す。
そしてメモ帳に字を書いて見せると、アイリスはぶんぶんと頷いた。
「じゃあこれ使っていいよ」
「ありが、と」
「お礼もいえるんだな、良い子だね」
貴志がアイリスの頭をぽんぽんと撫でると、アイリスは貴志に抱きついて頭をぐりぐりと擦りつけてきた。
まるで猫みたいだな……と貴志は思った。猫を飼ったことはなかったが。
会社に着くと、昨日先に帰ったのが気に入らなかったか、資料室の整理を押し付けられた。
貴志は新卒でこのシステム制作会社に入社した。なので他の会社のことは分からない。
しかし、今時こんな風に大量の書類を紙で保管するのは、効率が悪いことだけは分かる。
心の中で文句を言いながら、あまり意味があるとも思えない無駄な作業に精を出した。
昼休憩を挟んでしばらくして、ようやく資料室の整理が終わった。
お陰で、今日やらなければいけなかった仕事が終わっていない。
急いで作業をするためのコードエディタを開いた。
「空野さん、資料室の整理お疲れ様です」
事務の蓮見さんが、差し入れのお菓子を手に声を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
「空野さん、昨日辺りからなんか変わりました?」
「え、どうでしょうね……自分では分からないですが」
「先週なんて、『もう辞めそうな顔してるね』ってみんなで話してたんですよー」
たまに給湯室で井戸端会議しているのを見かけてはいたけど、あれの議題にあがっていたのか。
「そんな酷かったですか……じゃあ少し変わったのかもしれませんね」
「あ、もしかして彼女でもできました?」
蓮見さんがちょっと意地悪な顔でそんなことを聞いてきた。
「いやいや、あの子はそういうのじゃ……」
「あの子……?」
「な、何でもないですっ!」
変なことを口走ってしまった。
これでまた今週の井戸端会議の議題に上がってしまうかもしれない。
貴志ははぁとため息を吐きながら、コードを書き始めた。
時刻は18時を回った。終業時間だ。
結局、資料室の整理で生じた遅れは取り戻せなかった。
しかし、貴志は決めていた。これからはなるべく終業時間で帰る、と。
幸い、プロジェクトの納期にはまだ余裕がある。
どこかで遅れを取り戻せばいいだろう。
「それじゃ、お先に失礼します」
「…………おう」
昨日よりも山岡部長の沈黙が深くなっていた。
まあちゃんと自分の仕事はしているし、文句を言われる謂れはない。
「おかえりー」
「うん、ただいま」
どうやら「お兄ちゃん」というのは間違っていることに気付いたらしい。
部屋に足を踏み入れ、ふと目に入ったテーブルが片付いている。
それどころか、朝に使った食器が全て綺麗に洗ってあった。
「わたしは、やったの!」
「そうなのか、ありがとう」
それから朝渡したメモを持ってきて、見せてきた。
異世界言語でなにやら色々書かれている。
短い文字と短い文字の間に矢印っぽいのが見えた。
もしかしたら日本語との対応表を作っていたのかもしれない。
「わたしは、やったの!」
ドヤ顔で今日の成果を見せてくれたから、思わず口元が綻んでしまった。
「じゃあ頑張ったご褒美に外食でもするか」
「おー、がいしょくー!」
アイリスは意味も分からないだろうに、笑顔で飛び上がっている。
え、さすがに意味分かってないよな?
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