死から逃れる交渉
プロローグ風作品なのでオチはありません。 期待はしないで下さいお願いします。
「ここは…………」
意識がハッキリしてきて周囲をボンヤリと見渡すと、俺は謎の空間に立っていた。
そこは何とも曖昧な空間であり、正確に認識が出来ない。
この空間には何も無いはずなのに、何でも有る様に感じる。
何でも有る様に感じるのに、何も無い様にも感じとれる。
色が無いように感じられるのに、視界いっぱいに極彩色な色使いをしている様にも感じ、同時に落ち着いた色使いでもあり、はたまたセピア色な色使いでもある様にも感じる。
なんともボンヤリしつつもカオスで、捉えづらい空間であった。
そんな情報過多な部屋に囚われそうな恐怖から逃げるように、俺はこの空間に立つ前の記憶を引っ張り出そうとする。
――――あれは……そうだ。 俺は何時ものようにヒトを騙しに出かけた所からか。
〜〜〜〜〜〜
彼は詐欺師だった。
古典的な投資詐欺の常習犯であり、その道ではベテランの数少ない生き残りである。
詐欺……しかも投資詐欺なんて、大金と言う明確な被害が出るので被害届を出されて逮捕の手がのびて来やすい危険な行為である。
それでベテランと呼ばれるまで生き残れるのは、相当な運か騙されたと感じさせない詐術や、明確な証拠や言質を取らせない話術が必要だ。
つまりそれだけの数の人々を騙くらかし、他人の金を毟り盗ってきた。
そんな彼だが、今日のシゴトが終わって帰宅しようと交差点を渡ろうとした時に、それは起きた。
乗用車に轢かれた。
しかも轢かれた時に世界がスローモーションになったかのような感覚をおぼえ、轢いてきた者をはっきりと視認すると、そいつはこの男が騙した人間の内のひとりだった。
車に乗っている者の顔は鬼のような形相になっていて、この詐欺師を絶対に殺してやる! との意志を明確に表していた。
これをまざまざと見せられた詐欺師は、俺への罰がようやく下ったか。 と、そんな不思議と湧いてくる安心感と共に意識を手放した。
〜〜〜〜〜〜
「俺は死んだはずだ。 なのに、コレはどういうことだ?」
改めて周囲を見渡しても、カオスな空間はカオスな空間のまま。
「なんなんだ、一体」
理解できない環境にさらされた男の思考も、どこをどうすれば状況が変わるのかが全く分からず、カオスになりだす。
――――が、その時。 状況を更なるカオスへ叩き込む変化が発生した。
(起きましたか)
「なんだ!? 頭にナニカが直接語りかけてくる!!?」
常識なら絶対に有り得ない、超常現象。
その響いてくる声は男とも女とも断定できない、なんとも形容し難い声質のモノである。
しかも詐欺師は心の内を悟られてはいけないので、頭に直接作用……つまり考えを覗かれているかも知れない不快感は、一般人のソレとは比べられない位だ。
(大丈夫です。 貴方の心は覗いていませんよ)
そんな詐欺師の心を知ってか知らずか、なんとも信用できない言葉が脳へ送られてくる。
ただまあ、誰か……いや。 ナニカがこの空間に居ることは理解できた詐欺師は、瞬時に表面だけでも取り繕い、平静なフリが出来る程度には持ち直せた。
たとえいくら周りを見ても、意思疎通できそうな人影さえ見えない空間だとしても。
男は平静を装い、咳払いをひとつ。 そして他所行きの、いつものビジネス口調に切り替える。
「失礼、少し取り乱しました。 ところで私に呼びかけた貴方は、どこのどなたでしょうか?」
左右、前後、上下。
どこを見てもカオスな感覚だけしか感じられない彼。
そんな彼に構わず、ナニカは返答する。
(私はどこにでも居て、しかしどこにも居ない存在です。 そんな曖昧な私ですが、貴方にお願いがあって呼び寄せました)
「呼び寄せる? なんとも乱暴な」
超常現象が過ぎる怪現象だが、詐欺師の肌感覚ではそんな行いを当然と感じている種類の存在であると理解できる。
なので、ここは軽い非難だけはするが、大人しくしておいた方が良い。 そう決めた。
(すみません。 ですが、我々は貴方の様な協力者が欲しいのです。 その為に必要でした)
何が必要なのか?
彼は頭を全力で回し、多分この超常現象を操れる超常的な存在であると、体感させて分からせるのに手っ取り早いからであろうと結論付けた。
もちろん、断ったらどうなるのか分かっているよな? と言った脅しも言外にしているのだろうな……とも。
「そうですか。 それでどんな事に協力すれば良いのでしょうか?」
(協力して下さるのですか? ありがとうございます)
声? だけなのに、頭の中で響くソレは、嬉しそうに聞こえる。
(やって頂きたい事は、とある海底に沈んでしまったイエを浮上させる事のお手伝いです)
聞いてしまった詐欺師はびっくり仰天。
「海底に家!? 家が欲しいなら、この空間に建てれば良いだけじゃないですか?」
わざわざ海に沈んだ家を浮上させるだなんて、頭がどうかしていると言わざるを得ない。
なにせ詐欺師は超常の者ではないので、そんなの手伝える訳が無いのだから。
(それでは意味がないのです)
だが見えないナニカは、そんな事は十分承知している。 その上での協力要請である。
(海底のイエは大切なモノであり、それを浮上させるには、貴方達が生きている社会に紛れ込んでいるカギが必要になるのです。 それを我々の代わりに見つけて欲しいのです)
つまりこの見えないナニカは……いや、我々と言う以上複数形か。 ナニカ達は、ヒトの前に見せられない容姿をしているのだろう。
いっそ異形と言うのだろうか? それか、この見えないナニカみたく全員の姿が無い可能性もある。
(協力して下さるなら、貴方に向かって走ってきた車を避けられた結果へ改変して…………つまり事故が無かった状態で元の場所へ戻れる事を約束しましょう)
よく分からないナニカ達に協力するなんて普通は考えられないが、協力すると口にするだけで命が助かると言うなら、それはもう丸儲けだろう。
「返事の前に、一応確認させて下さい」
だが、彼は詐欺師。 安易に誘いに乗れば破滅が待っているなんて、骨の髄から味わっている。
ホイホイと安請け合いするなんて有り得ない。
これは確認しておきたいと思う重要な部分。
「この協力は、強制的なものなのでしょうか? それと破った際のペナルティはあるのですか?」
(強制的ではなく、貴方の普段通りの生活を送る中で、見つける機会があれば嬉しいな。 程度のものです。 それと、協力の約束を破っても特にペナルティはありません。 我々の見る目が無かったと落ち込むだけです)
「そんなので私を生き返らせてくれるって、そんなので良いのですか?」
(はい。 別の方を探してまた同じお願いをするだけですから。 あなた方の時間間隔で言うところの1000年はもう、これを続けています)
「なんともはや……」
ナニカの言葉を信じるなら詐欺師自体に興味は無く、ただ偶然選ばれただけらしい。
そして過去から今まで失敗し続けている事から、成果を挙げることに期待をしていない。
そんなので因果と言うか轢かれた事実を捻じ曲げてくれると言う、超常現象を起こしてくれるらしい。
あくまでもナニカの言なので丸々信じるなんて危険だが、それでも詐欺師にとっては利しか無い。
ならばもう、返事はひとつだろう。
「分かりました。 協力しましょう」
協力要請の受諾。
(ありがとうございます! 貴方の残りの人生で、我々が探しているもモノを見つけられる事を、期待しています!)
こうして詐欺師は謎の空間から交差点へと戻り、車に轢かれずに済んだ後、ナニカ達の陰謀に巻き込まれることとなる。
その巻き込まれた中で生き残れたかどうかは、誰も知らない。
以下ネタバレ
姿そのものがありませんが、顔の無いナニカで複数存在している。
海底でイエ(家ではない)にこだわる。
家ではなくイエと言い続けているところに引っかかった貴方は、スキモノですねと笑顔で握手したいです。
ええまあ、つまりナニカはニャル様であり、海底神話都市の浮上(ついでにアレの目覚め)を企んでいる。
企んだ理由は、ソレを巡って面白いことが起きないかなぁ。なんて期待から。
イエの浮上をさせられなくても、その道中で面白いなにかを見られるんじゃないかと期待しているだけ。
ニャル様は何でもありな存在なので、事故に関する因果の操作なんてお手の物。
この詐欺師に目をつけた理由は特になし。 なんとなく気が向いただけ。
そんな情報をTRPGのハンドアウトとして、キャラを作る時に渡してみたら、渡されたプレイヤーはどんな立ち回りをしてくれるでしょうね。
HO∶ニャル様に秘密のお使いを頼まれた。 内容はヒントも何もない所から、海底のイエを浮上させる手段を探し当てて実行せよ。 秘密である理由は、何も知らない人にその話をすれば頭の病気を心配されるため。 知っている人に知られれば、とてつもなく面倒な事態に発展するため。
HOを渡された時にこんな事が有ったんだよと、簡潔に書かれた情報からここまで妄想する下地になるかもねと。