或る殺し屋の流儀
今から5分ほど前、アイツはいきなり俺の前に現れた。
歳は20代半ばといった感じで背が高く、整った顔には空のような青い瞳が輝いていた。
「お前、殺したい人間はいるか」
奴は駅のホームでいきなりこんなことを聞いてきた。
少し驚いたが、青い瞳や綺麗な長い金髪から日本語に慣れていない外国人だと思い、あまり気にしなかった。
とはいえ、気分の良いものではなかったので離れようとすると、男は俺についてきた。なんのつもりだ?
「いるなら言え。殺してきてやる」
⋯⋯なんなんだこの男は。なぜか嘘を言っているように感じない。俺の心を覗いているような、そんな気すらする。現に俺には殺したいほど憎いやつが2人いるからだ。
「1週間のうちに答えを出せ。答えが出たらまたここに来い」
そう言って男は消えてしまった。そんなこと言われても、電車通勤なんだから毎日ここに来ちゃうよ。
⋯⋯殺したいやつ。そんなの1週間もなくたってすぐに思い浮かぶ。
ただ、どちらにするかが問題だな。俺にだけキツく当たるパワハラ上司の斎藤か、貸してやった金をいつになっても返さないどころか、逆ギレをされて犬猿の仲になった同僚の平田か。
斎藤は最低なやつだけど、毎日会うわけじゃないからなぁ。あいつが居なくなると会社にもダメージがあるだろうし⋯⋯
となると平田か。席が隣なこともあり、毎日気分が悪くなる。アイツがホンモノなのかは分からないが、殺してくれるならありがたい。会社に着く前の電車内で決まってしまった。案外決断が早いんだな俺は。
『次のニュースです』
俺は通勤中はイヤホンでラジオを聴いている。音楽もいいが、聴きたい曲を選ぶのが面倒なのだ。
『今朝、都内に住む平田 洋司さんが何者かによって殺害されました。警視庁は⋯⋯』
平田が殺された!?
一体誰に? もしやさっきのアイツが俺の心を読んで殺しに行ったのか?
いや、そんな訳ないか。フィクションの見すぎだな。あいつのことだ。いろんな人間から恨みを買ってたんだろう。ざまあみろだな。じゃあ斎藤を殺してもらうか。
あいつには何度も酷いことを言われたし、された。自分のミスを俺のせいにして、俺を仕事の出来ない奴のように仕立てたり、機嫌の悪い時には殴ったりもしてきた。あのクソハゲが。
思い出したら腹が立ってきた。反対の電車に乗って今すぐアイツに会いに行こう。そして斎藤を殺してもらおう!
次の駅で反対方面の電車に乗り換え、例の駅に戻った。そこには案の定アイツがいた。
「俺の上司の斎藤という男を殺してくれ!」
「分かった。早かったな⋯⋯残念だが」
そう言うと男は俺の腹に包丁を突き立てた。
「おい! 殺すのは斎藤だ! なんで俺に包丁を向ける!」
男はそんな俺の言葉は聞こえていないかのように、表情を変えず俺の腹を刺した。
冷たい刃が自分の中に入ってくる感触が分かる。痛いというレベルじゃない。立っていられない。
そんな状態の俺に男は何度も追い打ちをかけてきた。全身が痛い。血がなくなっていく。
死ぬのか⋯⋯くそ⋯⋯
「ゆる⋯⋯さねぇ⋯⋯!」
男は俺の声など気にせずどこかへ去っていった。
同日、都内某所にて。
長い金髪の長身の男が、頭の薄いスーツ姿の男に話しかけていた。
「お前、殺したい人間はいるか」