雪の結晶とマント
扉がノックされ、ロザリーが反射的に立ち上がった。見るからに緊張しているのがわかる。
「あっ、ごめんなさい…」
「大丈夫だ、ロザリー」
俺も立ち上がり、ロザリーの肩を抱いて、おでこにキスをした。ロザリーは、不安を一生懸命に隠して笑顔で見つめ返してきた。
俺はロザリーの肩を摩りながら、馬車の準備が整ったとの連絡を聞いた。
「ではロザリー、行こうか」
「はい、参りましょう」
ロザリーが俺の右腕に置いた手の上から包むように左手を乗せた。いつもは俺よりも温かい彼女の手が、緊張からか少しひんやりとしていた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
キサニーチェ宮殿を出発してしばらくは川を右手に見ながら北上する。反対側には牧草地が広がり、羊が放牧されていた。
馬車には、俺とロザリーの向かいにオスカーも乗っていた。
「せっかく時間があるので」とオスカーは一枚の紙を手渡してきた。少しでも他のことで気を紛らわせようと思ってのことだろう。俺はロザリーと手を繋ぎながらそれを確認した。
「婚約の段取りか?」
「はい、その通りです。王城に着きましたら、帰国報告の後、続けて婚約の儀を執り行い、民へのお披露目も行う予定になっていますから、流れをご確認ください」
「聞いてはいたが、慌ただしいな」
「ユリセラで既に婚約は公表されていますし、ロザリー様のお立場をすぐに示された方が良いだろうと」
「ああ、承知している」
国王の前で婚約の書類にサインし、王族の皆に挨拶した後、城のバルコニーで民衆の前へ出る――だいたい予想通りの流れだ。
ロザリーも横から予定を書いた紙を覗いている。
「マント授与……、オスカー様、これは何ですか?」
「えっ、授与?もうできているのか?」
ロザリーがオスカーに尋ねているのに、それに被せて俺も疑問をつい口にしてしまった。
「はい、ロザリー様用のマントはもうご用意ができております」
「私のマント……?」
俺が口を挟んだものだから、ロザリーにしたらマントが何のことやらわからず、きょとんとして首を傾げている。
「式典の時に羽織るマントのことですか?私用の?」
「はい、オルトランドの王族の方々は皆、成人する時にマントを作られます。ロザリー様も、オルトランド王室の一員となられますので、マントをご用意することになりました。
ユリセラでは、戴冠式などの限られた式典のための豪華なマントを用意されると思いますが、我が国は年中寒いので、式典だけでなく、外で民衆の前に立つ時など様々な機会に着用される必需品なのです。ですので、王族の方々は、お一人ずつご自分のマントをお持ちです」
「なるほど、寒い国だと違うのですね。我が国ではマントを着るのは国王だけですので」
我々には当たり前の服装もロザリーにとっては新しいことだと思うと、俺からも教えてあげたくなった。
「オルトランドのマントは、裾を中心に施す刺繍が美しいんだよ。雪の結晶を刺繍するんだが、背中のここの結晶の形は自分で決めるんだ」
肩甲骨の間辺りを指してロザリーに刺繍する場所を示した。
「ご自分でって、雪の結晶の絵を描かれたりするんですか?」
「自分で描いてもいいんだが、俺は上手く描けなくて、降ってくる雪を手袋で受け止めて、気に入ったのを職人に描いてもらったな」
ロザリーは少し上を向いて俺が結晶を選ぶ様子を思い浮かべているようだった。そして俺へと視線を戻すと、にこっと笑った。
「どのような結晶か見せていただけるの、楽しみです」
「ロザリーのもお揃いのはずだぞ。なあ、オスカー」
「え、そうなんですか⁉︎レイ様が選ばれたのが、私のにも刺繍されているなんて嬉しいです」
ロザリーは俺の右手を両手できゅっと握って、こちらに笑顔を向けてくれた。こんなに喜んでくれるなんて嬉しい。
「はい、ロザリー様の図案もほぼ同じで、紺地に銀糸入りの糸で刺繍されると伺っています」
「紺色のマントなのですね」
「ああ、国王と王位継承順位第一位の者が紺色で、他は白色なんだ。その妃も同じ色になるから、ロザリーも紺色のマントを着ることになる」
「国王陛下とレイ様だけ。それは何だか……身が引き締まる思いがしますね」
「ロザリーはそのままで大丈夫だよ」
少し緊張した面持ちのロザリーの肩を抱き寄せ、おでこにキスをした。
「レイ様は私に甘くていらっしゃるから、その大丈夫は信じてよろしいのでしょうか…」
そう言ってロザリーはいたずらっぽく笑うから、俺もつられて笑った。
「それにしても、オスカー、マントは半年くらいかけて用意するものだろう?急いでも刺繍に時間がかかると、昔、職人が言ってたが…」
「はい、殿下が婚約を決められてから、王妃殿下が急いでご準備されたそうです。刺繍職人を増やして何とか間に合った、と仰っていました」
「急いで用意してくださったなんて…」
ロザリーが感激した様子で俺の方を向いた。
「オルトランドは、貴女が来てくれるのを楽しみにしているんだよ」
俺がそう言うと、ロザリーは「嬉しい」と微笑んで、俺の肩に頭を寄せた。




