思い出の地で
ティルドリーでの滞在の次は、ユリセラでの最後の滞在地キサニーチェ宮殿に到着した。
ロザリーと再会し婚約を申し込んだこの宮殿は、俺にとっても大切な思い出の地となってた。
部屋へと案内される途中、あの茶会を用意してくれたテラスの横を通った。今はテーブルなどはなく、小さな温室となっていた。
「懐かしいですね。ここでレイ様をお待ちした時は、とってもドキドキしたんですよ」
ロザリーもあの日のことを思い出して、俺を見て微笑んだ。
「あの時は、ロザリーがあまりに成長していて驚いたな。最初は貴女かどうかわからなかったくらいだった」
ロザリーは、ふふふ、といたずたっぽく笑った。
「驚いていただきたくて、頑張って大人っぽく見えるように準備しましたもの。
……また、ここでお茶を飲めたらいいですね」
ロザリーが何気なく言った言葉に、オリビアが答えた。
「ご用意しましょうか?」
「えっ、いいの?」
「オスカー様、警護の方は大丈夫でしょうか」
「ええ、ここでしたらすぐに準備いたします」
なんだか従者同士でどんどん話が進んでいる。
「では、レイモンド様、ロザリー様、少し準備にお時間をいただきますので、一旦お部屋でお待ちいただけますか」
「ありがとう、オリビア!オスカー様、お願いします」
ロザリーの喜ぶ様子に、皆、笑顔になった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
テラスに大理石の天板の小さめのテーブルが用意され、俺とロザリーは向かい合わせに座った。
お茶を飲みながら、話は自然とまた、ここで再会した時のことになった。俺は、その時にロザリーのことを想う気持ちが自分の中にあると気づいたことを思い出していた。
「貴女に再会して、まさかその日に婚約を申し込むなんて思ってもいなかったな…」
俺はあの日、そう決断してよかったと思い返していたが、ロザリーはどこか表情が曇っていた。何かロザリーを不安にさせるような事を言っただろうか?
「ロザリー?」
「あの……、レイ様は後悔されていませんか?」
「後悔?夜会の時にディランに飛びかかったことか?それなら反省はしているが、あの時、間に合う位置にいたのは俺だけだと思うから後悔はしていない」
「いえ、そのことではなく、婚約を申し出てくださったことです。だって、その……許嫁がいらっしゃったと聞いていましたから……」
「へっ⁈」
あまりに思わぬ方向からの話で、間抜けな声が出た。
「昨日はあのように言ってくださいましたが、私の身を案じたのも、あのような決断をしてくださった理由の一つですよね。
レイ様が私のことを大切に思ってくださる言葉も、叶うことがないと思っていた貴方様との婚約も夢のようで、とても嬉しかったんです。
でも、許嫁の方に申し訳ない気持ちと、こんな事がなければ、レイ様はその方との人生を歩まれたかったのでは、と思ったのですが、今までずっとその答えを聞くのが怖くて……」
「ちょっと待ってくれ、ロザリー。その許嫁の話は何なんだ?」
「兄様の側の者が、私の婚約が決まった後にそう話していたんです。いらっしゃったんですよね、幼馴染みの許嫁の方が…」
―――ああ、そう言うことか。
ロザリーが不安そうな顔で話すのを見て、俺は笑った。
「ははは、それは弟の話だ」
「へっ⁈」
今度はロザリーが間の抜けた声を上げた。
「弟のハロルドのことは知っているだろう?」
「え、ええ…」
「あいつには昔から仲の良い許嫁がいる。その話が俺のことだと、どこかで間違って伝わったんだろう」
「…ハロルド様の話……?レイ様ではなく?」
「俺は元々許嫁はいなかったし、婚約者候補もまともに決まらず、周りに心配を掛けてきたくらいだ」
「えっと、あの……え?」
混乱しているロザリーがまた可愛らしかった。
と同時にこの三ヶ月、誰かのくだらない勘違いでロザリーはいらぬ不安を抱えていたのか――
俺は両手をテーブルの上に差し出した。その手のひらの上に遠慮がちに乗せられたロザリーの手を、俺はしっかりと握り、照れて少し俯いた彼女の顔を覗き込んだ。
「ロザリー、大好きだよ。過去のこと…リリィのことに囚われていたとはいえ、この歳になって初めてこんな気持ちになっただなんて、驚くだろう?」
ロザリーは頬を赤らめながら、顔を上げてくれた。俺は頬が緩むのを感じながら、話を続けた。
「周りが言うには、だいぶ前から俺は貴女のことを想っていたようだけど、自分では気づいていなかった。初めは貴女のことは妹のように大切に思っていたのだが、貴女に会えなくなって、いつのまにか想いが募っていたのだと思う。
ここで再会したすぐ後に貴女が危険に晒されていると知って、貴女を妹として思うのではなく、大切な人として俺が側で守りたいと言う気持ちに気づいたんだ。
俺には貴女が心配したような許嫁はいないし、他に想いを寄せる人もいない。
ロザリー、貴女のことが大好きだよ。心から貴女と共にこの先の人生を歩みたいと思っている」
ロザリーは耳まで真っ赤にして嬉しそうに瞳を潤ませていた。そして俺の手をきゅっと握り返し、とびきりの笑顔になった。
「レイ様、私も貴方様のことを心からお慕いしております」
ロザリーの気持ちは、これまで十分に伝わってきていたが、改めて言葉で聞くのは思いのほか嬉しく、俺は大きなため息を吐きながらテーブルに額を付けた。
「はあ、幸せだ…」
ひんやりとした天板が気持ちよかった。
俺も顔が真っ赤になっていると思うと、顔を上げるのが恥ずかしくなり、額をテーブルから少し上げて上目でロザリーを見た。
ロザリーも俺を見つめ「私も幸せです」と、優しい笑顔を返してくれた。




