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氷と花の  作者: 千雪はな
最終章 オルトランド王国へ
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馬車の旅

朝はゆっくりと支度をして、次の滞在地へと出発する時間となった。


「次は湖のほとりの街にある城に向かいます。街は山の麓にあって、城は山を少し登ったところにあるんです。そこから見える街と湖がとても綺麗なんですよ」


馬車が走り始めると、ロザリーが次の目的地を教えてくれた。


「そうか、それは楽しみだ」


外からの歓声が聞こえて窓を見ると、離宮の門を出るところだった。馬車の両側に見送りの民達が待っていた。


昨日、バルコニーからロザリーと手を振った時のことを思い出し、彼女が沿道に向かって手を振る横から、俺も手を振ってみた。


沿道の者達がより大きく手を振った。ロザリーがくるっと振り返り、手を振る俺を見て笑顔になった。


「ね、レイ様が手を振ってくださると、皆嬉しいんですよ」


ロザリーは満足そうにそう言うと、次は俺の方の窓に向かって手を振った。皆をよく見ようと、俺の方へぴったりと寄り、少し身を乗り出して手を振っている。


こんなに一生懸命に手を振ってくれる、そんな王女のことが皆、大好きで、俺は彼女の横にいるからこそ歓迎されているんだろう。俺一人で手を振って、こんなに歓迎された記憶はなく、目の前の光景にくすぐったいような気持ちがした。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


見送りの歓声が遠くなると、その後はのどかな丘陵地を走った。


ロザリーはまた次々と説明してくれる。


「レイ様、あの遠くに馬が見えますか?この辺りはいい馬を育てることで有名なんです。王城の馬もここで育ったものが多いんですよ」


「あ、この辺りは葡萄の栽培が盛んで、昨日の夕食で出された葡萄酒もこの地方で作られたものです」


「ほら、あそこで羊の放牧をしています。ここの羊毛はオルトランドへもたくさん輸出してますから、レイ様も何か使われているかもしれないですね」


ロザリーの話を聞きながら、どこか違和感を感じた。もともといろんなことを話してくれるが、こんなに息をつく暇もないほど、俺の返事も待たずに続けて話すことはなかった。


気になって改めてロザリーを見ると、にこやかに話しているが、膝の上の手は固く握られ、小さく震えていた。


―――ああ、どうして気付かなかったんだろう。


「ロザリー…」


「はい、レイ様。……?あ、あの羊なんですけど、」


「ロザリー、気付かなくてすまなかった」


俺はロザリーを抱き寄せた。


「レイ様?」


ロザリーは、俺の腕の中で驚いている。


「すまない…」


「……レイ様、どうかされたんですか?」


「不安なら不安だと、怖いなら怖いと言ってくれていいんだ。昨日から我慢していたんだろう?気付いてやれずにすまなかった」


「………」


あんなに話し続けていたロザリーからの返事はなく、緊張したように身を固くしていた。俺は申し訳なくて、抱き締める手に力が入った。


今回の旅には、我が国とユリセラ側とでかなり大きな護衛団を作っている。表向きは王女の旅立ちを祝う華やかな一行となっているが、その実は不届きな輩が襲ってくる気持ちも起こさないように、この規模の体制をとっているのだ。


一番の懸念は、やはりガレンシング家の残党だ。家を取り潰され、逆恨みをした者がまだどこかに残っているかもしれない。


ロザリーも、それがわかっているから恐怖を感じているのだろう。


「多くの護衛を付けたからと安心してしまったが、前の襲撃と俺が掛けた心配を考えると、貴女にとっては馬車に乗るだけで不安になることを忘れてはいけなかった。


護衛が多くて尚更、貴女から不安だとは言い出せなかっただろう。怖い思いをさせて、本当にすまなかった…」


ぎゅっと抱き締める腕の中で、ロザリーの肩は震えていた。


「……ごめんなさい…」


「ロザリー、謝らなくていい。貴女の不安に思うことを教えてくれるか?」


顔を上げたロザリーの涙を(ぬぐ)ってやると、どうしても不安に思ってしまう気持ちをぽつりぽつりと話してくれた。彼女も今回の護衛は十分であることはわかっていた。わかっているから、不安に思ってはいけないと自分一人で我慢してしまっていた。


「話してくれてありがとう。皆も、貴女が不安に思うことは理解しているよ。だから一人で我慢しないで、また話してくれるか?」


ロザリーは俺の背中にぎゅっと手を回し、小さく頷いた。


「レイ様、ありがとう…」


少しは落ち着いただろうか。俺は彼女の背中をもうしばらくの間、ゆっくりと摩った。

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