滞在地での歓迎
オルトランドまではロザリーが選んだ城や離宮に一泊ずつ滞在するが、俺の体調を考慮して、どの目的地へも半日ほどで到着する予定だ。
車窓から見える景色や歴史ある街並みを一つずつロザリーが紹介をしてくれる。彼女がいくつの時に訪れて、どんな人と会ったとか、その土地の美味しい郷土料理とか、目に入るもの全てを教えてくれるかの勢いで休みなく話してくれた。
そんなロザリーの話を聞いているうちに、最初の滞在地に到着した。そこは丘陵地にある離宮だった。
王城から近い静かな離宮は、ロザリーを含め、王族がよく静養に訪れるという。
確かに、周辺は家が疎らでとても静かだ。しかし、この静かな地方にしてはたくさんの民が、宮殿の門の前でロザリーの到着を歓迎するために待っていた。
「遠くからわざわざ集まってくれたのかしら」
門の手前まで来ると、馬車は一段とゆっくりと進み、ロザリーは皆に向かって嬉しそうに手を振っていた。
宮殿のエントランスの前に馬車が止まった。御者台に座っていたオスカーが扉を開けると、差し込んだ日の光に目が眩み、立ち上がることができなかった。
「レイ様、大丈夫ですか?」
目元を押さえて下を向いた俺に、ロザリーが心配そうな声を掛けてくれた。
「あ、…ああ、眩しいだけだ。慣れるまで、少し待ってくれるか」
「ええ、ゆっくりで大丈夫です」
立ちあがろうとしていたロザリーは俺の隣に座り直し、俺が膝の上で握っていた手を彼女の両手で包んでくれた。そのほっとした声を聞いて、俺も落ち着いて目が慣れるのを待った。
しばらくして目をゆっくりと開けると、ぼんやりとした視界にロザリーがいるのがわかる。瞬きを繰り返すうちに、だんだんと輪郭がはっきりしてきた。
心配そうに俺を覗き込んでいたが、「もう大丈夫だ」と言うとにっこりと微笑んだ。やはりロザリーの笑顔は俺を癒してくれる。
その頬に軽くキスをして抱き締めた。
「ありがとう。もう大丈夫だ。降りようか」
◇ ・ ◇ ・ ◇
宮殿の一室に通され、ロザリーと寛いでいた。まだガレンシング公爵家の一件は収束していないため、宮殿内だけで過ごすことになっている。
「本当は、馬車を降りて皆と触れ合いたかっただろうに、すまなかった」
「レイ様のせいではありませんから、謝らないでください。そうだわ、ちょっとこちらへ来ていただけませんか?」
そう言って、ロザリーは少しいたずらっぽい顔をして俺の腕を引いた。バルコニーへ出られる窓まで来るとにっこりと微笑んだ。
「レイ様、眩しいのは大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった」
そう言ってロザリーはふわりとスカートをなびかせてバルコニーへ出て手摺りまで進み、遠くへ向かって手を振った。
ロザリーの隣まで来ると、馬車で通った門が見えた。鉄製の美しい装飾の門扉の向こうにはまだ残っている者達がいて、大きく手を振っている。
「この宮殿は建物と門が割と近いので、ここから手を振ったら見えるんです」
「あの者達は、ロザリーがここに出てくるのを待っていたのか?」
俺の疑問にロザリーが笑った。
「いいえ、私も最初はそうかと思ったんですけど、ある時、門番の者が教えてくれたんです。あそこに残っているのはおしゃべりが長引いているだけなんですって。この辺りは、家同士が離れているので、久しぶりに会う人達で話が盛り上がってしまうそうなんです」
「なるほどな。ロザリーの来訪が、この土地の者達の楽しみの一つなんだろうな」
向こうからは、まだ大きく手を振っている。手にした帽子や上着を振っている者も見える。声までは届いてこないが、祝福する気持ちは伝わってきた。
「私達がここへ訪れることが、彼らの楽しみだと思っていただけていたら私も嬉しいです。さあ、レイ様も手を振ってくださいませ」
「俺は……いらないんじゃないか?」
「そうでしょうか?振ってみてくださいますか?」
そう言うのなら、と俺も手を振ってみた。
すると、手を振っていた者達は、さらに大きく手を振り返してきた。
「これは意外と嬉しいものだな」
バルコニーから手を振ることはよくあるが、これだけ離れているのに歓迎されているのがわかるのは嬉しく思った。
「ね、レイ様を一目見たくて来てるんですよ」
またロザリーは独特な視点で見ているな、と俺は小さく笑った。
俺がどんな奴か見てやろうと思うものはいるだろうが、ほとんどはロザリーの姿が見たいに決まっている。
ロザリーはもう一度手を振ると、スカートをふわりと持ち上げ、少し大袈裟にお辞儀をした。
「レイ様、戻りましょうか」
「ああ」
俺の腕を取って、ロザリーは「楽しかった」と軽やかに部屋へと歩いた。
「ここから手を振ったら、はしたないって怒られるんですよ」
「ええっ⁉︎」
今から怒られるのか?急に心配になって室内で待つどの侍女なのかと目を走らせた。
ロザリーはクスクスと笑っている。
「大丈夫です。怖い教育係は弟に付くことになり王城に残ったので、ここには来ていませんから」
唖然とした俺の顔を見て、ふふふ、といたずらっぽく笑った。




