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氷と花の  作者: 千雪はな
第7章 ふたりで前へ
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[幕間]兄と妹の思い出話

ロザリーの兄ライアン視点のお話です。


話の流れを考えて一度は削ったのですが、おまけのお話として差し込んでみました。

コンコンコンッ


執務室で書類を確認していると、ノックの音がして、すぐに扉が開けられた。


こちらから開ける前に入ってくるのは、ロザリーくらいしかいない。


「兄様、今、いいかしら?」


思った通り、ロザリーが顔をのぞかせた。


「ああ、大丈夫だよ」


ロザリーは嬉しそうに部屋に入ってきた。つい先程まで、ロザリーも一緒に彼女とレイモンド殿のオルトランドまでの旅の行程を話していたところだから、私に話があるわけではなさそうだった。


この部屋―――かつて父上と過ごしたこの場所を、王城をを離れる前にもう一度見に来たのだろう。


「ここを離れるのは、やっぱり寂しいわ」


懐かしそうにロザリーは部屋を見回していた。


「ガレンシング家の脅威は無くなったことだし、お前が望めばオルトランドへ行かなくてもいいんだぞ」


七つ年の離れたロザリーは、私にとってはいつまでも可愛い小さな妹で、大切に守ってやりたい存在だった。それが隣国へと嫁いでしまうなんて、今になって信じられなくなってきた。


つい先日までガレンシング公爵家の企みは、ロザリーをすぐにでも国外へ避難させてやりたいと思うほど差し迫った危機だった。だから、レイモンド殿からの婚約の申し出は、ロザリーを守る有効な手立てだと思い、話を進めていた。


それが、婚約披露の夜会の最中にガレンシング公爵子息がレイモンド殿に刃を向け、ガレンシング家は取り潰すことになった。


まだ残党の心配はあるが、ロザリーを国外へ避難させる程の必要はないのでは……、そう思ったが、ロザリーの答えは違っていた。


「ユリセラを離れるのは寂しいですが、私はレイモンド様のお側に居たいのです」


そう話すロザリーは、少し頬を赤らめ幸せそうだった。


相手のレイモンド殿はロザリーの命を二度も救った恩人であり、この先も大切に守ってくれるであろう人物で何も文句はない―――悔しいことに。


まあ、可愛い妹を連れて行かれることに少々納得がいかないだけだ。



ロザリーのレイモンド殿への想いは確かなものであるようだから、そこは諦めて、残された時間で楽しい思い出話をすることにした。


「ローズ、そういえばお前は勉強が嫌になったり、サンドラに叱られた時は、よくここに逃げていたな」


サンドラとは、ロザリーの教育係だ。マナーや王女としての立ち振る舞いに厳しく、大変そうだななどと他人事のように思っていた。


「だって、父様はいつでも優しかったんですもの。ここで聞く話も楽しかったですし」


「そうだったな。サンドラが探しにきた時には、ロザリーを(かくま)ってやるんだ、なんて父上が楽しそうに話していたな」


ロザリーは、楽しそうにその時のことを思い出しているようだった。


「ふふふ、その机の下とか、カーテンの中とか」


―――そんな所に隠れていたなんて初めて聞いた。厳しいサンドラでなくても、王女がそんな所に入り込んでいたら怒るだろう……


「ロザリー、オルトランドではそんなことするなよ」


さすがにオルトランド(むこう)ではそんなことはしないだろうと思って言ったのに、ロザリーの目が気まずそうに泳いでいた。


「………カーテン…の中に、隠れちゃった…」


「は?いつ?……えっ、オルトランドで?」


ロザリーは小さく頷いた。


「ユリセラから迎えがきた時に、私と一緒に襲われた皆が助からなかったって聞いた後、どうしたらいいかわからなくて……」


「それは……」


―――その時の心境を考えると、どうしたらいいかわからなくなるのは理解できるが、しかし……、


「…側に居てくれた者達は、さぞかし困っただろうな。レイモンド殿は、その話を知っているのか?」


「………」


「ローズ?」


そのばつの悪そうな顔は、また俺の想像を超えたことをしでかしたのだろうか…


「レイモンド様が一緒にカーテンの中に座って、落ち着くまでお話ししてくださったの。それで、私、そこで眠ってしまったから、寝台まで運んでくださって……」


「えぇぇ……、そんなことがあったのに、レイモンド殿はお前に求婚したのか?お前のどこが良かったんだ?」


「…わかんない」


―――わかんない、って……。その危なっかしいところを守ってやりたいと思ったのだろうか?その気持ちは分からんでもないが、それは可愛い妹だからであって、伴侶としてならもっと落ち着いた女性を選ぶだろう…。他人(ひと)の好みはわからないものだ。


「ローズ、もう少し落ち着いた方がいいんじゃないか?」


「でも、レイモンド様はいつも、私はそのままでいいと仰ってくださるのよ」


―――益々わからない。しかし、王女という様々な制約がある窮屈な立場に生まれ育ち、国のための政略結婚しかないと思っていたのに、ありのままの彼女をを受け止め、この先もそのままでいいと言ってくれるような相手に巡り会えるなんて、幸運としか言いようがない。


「お前のようなお転婆に心から求婚してくれるような男は珍しいから、その縁を大切にするんだぞ」


「兄様、なんだか失礼です」


そう言ってロザリーは頬を膨らませた。


「ははは、それはすまない。でも、レイモンド殿はお前を大切に思ってくれるようだし、お前も幸せそうで俺も嬉しいよ」


国王の座を引き継ぎ、父上から託されたことは途方もなくたくさんあるが、きっと大いに心残りであったであろうロザリーのことだけは、幸せに嫁ぐことが決まり、肩の荷が降りた気持ちだ。


花が溢れるように笑う大好きな妹のことは、レイモンド殿に託そう。この先の彼女の幸せを心から祈った。

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