心配
部屋に入ったところでロザリーは立ち尽くしていた。
「ロザリー様、どうぞ」
オスカーがもう一度椅子を勧めると、ようやく足を進め、遠慮がちに座った。
「寒くはないですか?」
肩に小さめのブランケットを掛けられたロザリーは消え入りそうな声で「はい」と答えた。
そこへフレディがティーカップを手渡した。テーブルに置いたのでは、手を付けないと思ってのことだろう。
「蜂蜜を入れています。甘いのはお好きですか?」
ロザリーはまた小さく頷いて、お茶を一口飲んだ。
「おいしい…」
フレディは、静かに俺の方まで下がってきた。あとはオスカーに任せるだけだ。
オスカーはロザリーの前に屈んで目線を合わせると心地よく響く低い声で聞いた。俺はこの声が落ち着くといつも思うが、ロザリーはどうだろうか。
「ロザリー様、もしかしたら無意識にここまで来られたのではないですか?ここまでではなくても、途中まででも」
「………なぜ?」
「昔の殿下もそのようなことがあったからですよ」
―――俺が⁈
「温室に行かれていた話ですか?」
「いえ、あれはご自分の意思で抜け出された話です。あの時は温室に行けば、大体見つかったのでよかったのですが…」
オスカーは笑って俺を見た。何だか懐かしそうな顔をしている。
「殿下が襲撃を受けたことがあることはご存知ですよね?」
ロザリーは頷いた。
「その頃、側のものがほんの少し目を離した隙に殿下が部屋を抜け出されることが何度かあったんです。その時の殿下とご様子がよく似ていらっしゃったので、もしかしたら、ロザリー様は殿下の様子が心配なあまり、無意識に部屋を出られてしまったのかもしれないと思ったのです」
「レイ様が?もしかしてリリア様を…」
思わず聞いてしまったようで、慌てて口をつぐんだ。
「はい、殿下はリリア様を思われて部屋を抜け出されていました」
「そんなことが…」
そう言ってロザリーは俺の方を見た。
以前の俺なら、リリアのことに触れられて動揺をしていたかもしれないが、不思議なくらい昔の出来事の一つとして受け止めていた。それよりも、今、俺を心配するあまりにこんな行動を起こしたロザリーのことの方が心配だった。
昔の俺を思い、涙を浮かべたように見える彼女に、俺のことは大丈夫だと微笑み返した。
「ロザリー様、殿下はここにいますので、いつでも来てくださったらいいんですよ」
「でも、熱があるので…」
「来たらいけないと思われたのですね。熱で動くのもお辛いようでしたら、お休みいただいた方がよろしいかと思いますが、心配しすぎてこのように出歩かれてしまうまで思い詰めるよりは、オリビア殿と護衛を連れてこちらに来ていただいた方が我々も安心です」
「ご迷惑では……」
「迷惑そうに見えますか?」
オスカーの言葉で、ロザリーもこちらを見た。
すると俺の横でフレディが手を振った。
「なんでお前が手を振るんだ」
「いいじゃないですか。私だってロザリー様、大歓迎ですもん」
俺の方が歓迎しているとおもわず手を振ったが、変な感じがした。民に向かって手を振るのは慣れているのに、ロザリーへ向かってはなんだか違った。なんと言うか……照れ臭い。
「俺は、なぜ手を振っているんだ?」
「知りませんよ」
そんな俺とフレディのやり取りを見て、ロザリーがクスッと笑った。俺は彼女の緊張が少しほぐれた様子を見てほっとした。
「ここには貴女のことが大好きな殿下と、そんなお二人の様子を楽しみにしている従者しかいませんから、いつでもお越しください」
オスカーが優しくそう言うと、ロザリーは「ありがとう」と小さく微笑んで立ち上がった。
「ご心配をお掛けしてごめんなさい。レイ様のお元気そうな様子も見られましたので、これで…」
―――えっ、帰ってしまうのか⁈
「お部屋に戻られるならアルフレッドに送らせますが、もう少しこちらで過ごされませんか?」
「……いいの?」
「熱はお疲れが出ただけで、感染るご病気ではないと伺っていますので、問題はないかと。ロザリー様さえよろしければ、もう少しこちらにいらしていただけないですか?このままお帰りになられたら拗ねるお方がいらっしゃいますので」
―――拗ねるとはなんだ。前にもそんなこと言って揶揄われた気がする。
少し不機嫌な顔をしてただろうか。オスカーと一緒にロザリーまで笑っている。
その時、扉がノックされた。少し慌てた感じがする。
「おそらくロザリー様のお部屋の方だと思いますので、私が事情をお話ししておきます。殿下のことはロザリー様にお願いしてもよろしいでしょうか」
「は、はい」
オスカーの言い方だと、俺はまるで拗ねた子供のようだ。ロザリーだって戸惑っているじゃないか。
でも、ロザリーがもう少しここにいてくれることは嬉しい。
「ロザリー、ここまで来てくれるか?」
俺がそう言うと、ロザリーはまだ少し戸惑った様子で寝台の隣まで来てくれた。




