助かった理由
「ロザリー様、熱を出されてしまったようですよ」
フレディがオスカーと交代して部屋に来るとすぐに、そう教えてくれた。
「そうか、疲れが出たんだろう。可哀想に…」
俺は意識が戻ってから一晩経ち、声は出るようになった。唾を飲み込むのも痛いほど喉は荒れ、掠れた声しか出ないが、会話はできるようになった。
医官が許可するまで、おそらく一週間ほどは安静にするように言われている。脇腹だけでなく、体の内側の方がかなり傷ついているようで体が重く、あと数日は動く気も起きなそうだ。
寝台の上で一週間も安静だなんて、昔の俺なら抜け出して温室にでも逃げ込んでいたな、と思い出してふっと笑った。
「殿下、抜け出さないでくださいね」
フレディも同じことを思い出していたか。
「さすがにユリセラではしない」
「そうですね。そんなことをしたら、またロザリー様に叱られますよ」
「…!また、ってオスカーから聞いたのか?」
「はい、すごい剣幕だったって。我々が殿下に申し上げたかったことを全て仰ってくださったと」
「…そうだな、ロザリーにも、皆にも心配を掛けて申し訳なかった」
「本当ですよ。見てて生きた心地がしませんでした」
「フレディは、どこから見ていたんだ?」
「二階のバルコニーのところからです。
何か仕掛けてくるとしても、殿下かライアン様へとばかり思っていたので、一瞬何が起こっているのかわかりませんでした」
「そうだな、俺も不意をつかれた」
「二階に上がった時には、殿下は走り出されていました。私から見て正面からは、ディラン・ガレンシングがロザリー様へ迫ってくるのも見えました。
階段へ回っては間に合わないので、飛び降りようかとも思ったのですが……」
「それは危険だろう」
「ええ、誰かにぶつかれば怪我をさせてしまうと思い…」
「いや、お前がだ。あの高さは危ないだろう」
「足が折れようが、殿下の盾になれるなら飛び降りますよ。臣下の心配ができるなら、まずご自分の心配をなさってください」
「…反省している。それで上での様子は?」
「もしかしたら仲間がいるかもしれないと思い、二階にいた客人全員を壁際に寄せて衛兵達に見張らせました。
下のフロアにも、ディラン以外はおかしな動きをしている者はおらず、ガレンシング公爵は自分の子息を見つけて驚いた様子でした。ディランが勝手に動いたようでした。
ロイド公爵は殿下が走られるのを確認されていましたが、ガレンシング公を押さえるためにそちらに向かわれていました。
兄は、殿下の一歩後ろまでは追いつけたのですが、わずかに届かない感じで、もうあとは……」
「どうした?」
フレディが大きくため息を吐いた。
「もうあとは、思い出したくもないですよ。
殿下がディランに飛びかかって倒れたと思ったら、床に血が広がって…
その血がディランのものだと思いたかったのに、衛兵に捕えられた奴はピンピンしてるし…
ロザリー様がすぐに殿下に駆け寄られたのですが、上から見てもわかるくらい、殿下の顔は真っ白で、体は震えていらっしゃいました」
フレディはその時の光景を思い出して険しい顔をしていた。その場の警戒を放棄せず、見ているしかなかった彼にも随分心配を掛けて申し訳なく思った。
「そうだったのか。思い出したくもないことをすまなかった。それでディランとガレンシング公爵は?」
「勿論、投獄されました。ガレンシング公爵家は取り潰されるだろうということです。
前国王の襲撃もガレンシング家が雇った者達の仕業だったとの告発があり、証拠も掴んだそうですから。今、関係者を洗い出して、全員捕えるために動いているはずです」
「そうか、それが全て片付けば、ユリセラ国内は少し落ち着くかもしれないな」
「そうですね。でも、落ち着くまでは逆恨みが心配ですから、絶対に勝手に動かないでくださいね!
せっかくロザリー様が助けられたお命ですから、大切になさってください」
フレディのいつになく強い口調に気圧された。
「あ、ああ。勝手なことはしないと約束する」
「お願いしますよ、本当に」
「そういえば……、俺はどうして助かったんだろうか?解毒剤は吐き出してしまったのに…」
―――少しだけ口の中に残った分で足りたのか?それとも、デルフォレインではなかったのか?
「………?…ああ、殿下はあの時にはもう意識がなかったのですね」
「あの時?」
「最初にロザリー様がお持ちになっていた解毒剤は吐き出されてしまったところまでは、ご存知なんですね」
「ああ、その後はもう意識が途切れたな…」
「兄も周りもそんな殿下の様子を見て呆然として、俺ももうだめかと思いました。
そんな中、ロザリー様だけが的確に動かれていました。
兄は解毒剤を持っていないかと聞かれたのに反応できないほど動揺していたのですが、ロザリー様が『しっかりしてください!間に合わなくなりますっ!』ってすごく必死に呼び掛けていらっしゃって……その声で兄は我に返ったようでした。
それで、兄から受け取った解毒剤を口移しで殿下に飲ませたんです」
「え、誰が?」
「ロザリー様が」
「口移しで?」
「兄がよかったですか?」
「そんなわけあるか!」
「ははは、冗談です。でも、ロザリー様の咄嗟のご判断は最善だったと思います。呼吸さえも上手くできていないようで、段々ぐったりしていく殿下に無理矢理にでも解毒剤を飲み込んでいただくには、ああするしかなかったかと」
「そうだったのか……お前が、ロザリーが助けてくれた命だと言った意味がわかった」
「大切になさってくださいね」
「ああ、今回は本当に反省した。無茶なことはしないと約束する」
フレディがほっとしたように笑った。




