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氷と花の  作者: 千雪はな
第7章 ふたりで前へ
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王女が眠る間

「…よう、や…く?」


オスカーの『ようやく眠られましたね』と言ったその一言が気になった。


オスカーは、受け止めたロザリーをベッドへと寝かそうとしたので俺は手を広げた。


「大丈夫ですか?今度は落とさないでくださいよ」


「…!さっ…きは!」


―――ああ!声が出ないとは、こんなに(じれ)ったいものか!


「そうですね。先程はロザリー様が眠りに落ちてしまわれるとは、殿下には予測できなかったかもしれないですね」


そう言ってロザリーをそっと腕の中に戻してくれた。そして先の疑問に答えてくれた。


「ようやくと言ったのは、ロザリー様、殿下が倒れられてから二日以上経ちますが、ずっと横になられてないんです」


「ず…っと……?」


「はい。ここを離れられるのは、着替えをされる時と食事の時くらいで、あとはほとんどここに座られて殿下に寄り添っていらっしゃいました。


時々、座ったまま眠られていたと思いますが、殿下が小さく(うめ)かれる度に起きて心配されていたのですよ」


それほどまでに心配をかけていたなんて……ロザリーがあんなに怒った理由がわかって申し訳なくなった。


「横になってお休みになられるよう、皆で何度も説得をしたのですが、頑なにここにいらっしゃると言って聞かなかったのです。これは、疲れ果てて倒れられたら寝台へお運びしようか、ということに医官殿も同意されていたところでした」


―――そんな、倒れるまでって…


「そんな、倒れるまで放っておくなんて、とお思いですか?」


―――それは、そうだろう。


「ひどく取り乱されて、ここにしがみつくように離れないと仰るロザリー様をご覧になってないから、そう思われても仕方がありませんが、無理矢理に寝台へとお連れしても眠られるようなご様子ではありませんでした。


お着替えと食事の時間だけ、なんとかここを離れていただいたのです。ほんの少しでも気分を変えられればと」


「そう…か」


俺の意識のない間にロザリーだけではなく、周りの者達にも心配と迷惑をかけたことを反省した。ロザリーは言ったとおり、無責任な行動だった。


それにしてもオスカーは、俺がまともに話せないのに、言いたいことをよく汲み取ってくれる。普通に会話が成り立っていることに感心した。


それだけ長い時間を共にし、言葉がなくても俺が考えそうなことはお見通しなんだろう。今回も随分、心配を掛けたと思う。そういえば……


「オ…スカー、おま…えは、…休ん…」


「はい、アルフレッドと交代で休んでいますよ。殿下、我々のことは大丈夫ですので、今はご自分の回復だけお考えください」


オスカーは呆れたように笑った。とその時、オスカーが何かを思い出したようだった。


「あ、ロザリー様が眠ってしまわれている間に、髪をほどいて差し上げたらよろしいのでは。オリビア殿、ご準備いただけますか?」


「ここでよろしいのですか?」


「ええ、気にされるのはロザリー様だけですので、今のうちに」


―――髪をほどく…?


何のことかとロザリーの髪を見ると、大きなバラの髪飾りは外しているが、それ以外は夜会の時のままだった。


しっかりとまとめられ、乱れないように糊のようなもので固められているようだった。キラキラ輝くビーズの飾りも髪に織り込まれたように付いていた。


オリビアが(おけ)に湯を準備しながら、なぜロザリーが髪をほどいていなかったかを教えてくれた。


「本当でしたら、もっと大きな(たらい)に湯を張って髪を浸してほどくのです。夜会で踊っても乱れないように、しっかりと糊で固めていますので。


でも、そのような時間は取りたくないと仰いますし、このように布で拭いてほどくのは、治療をする横で邪魔になると…」


自分のことは二の次でずっとここにいてくれたのか。話を聞けば聞くほど、どれだけの心配を掛けたかと深く反省するばかりだった。


「では、このまま始めてよろしいですか?」


俺がロザリーを腕に抱いたまま頷くと、オリビアはそっと彼女の髪を解き始めた。


「レイモンド様の体勢がお辛くなられたりしましたら、すぐに仰ってください」


そう言いながら、オリビアは髪に編み込まれたビーズの飾りを一つ一つはずし、次第にトレーの上がいっぱいになってきた。


「こんなに付けられていたのですね」


オスカーも驚いていた。


「ええ、姫様がレイモンド様の隣に立つのに、見劣りしないようにとこの飾りを選ばれたのです」


―――俺に見劣りしないように?可愛らしいロザリーがキラキラした髪飾りを着けたら、俺は(かす)むしかないと思うが……


ロザリーには俺はどのように思われているのか、鏡の前で並んで立った時もそうだが、謎でしかなかった。


腕の中で眠るロザリーを見つめながら考え込んでいたら、オスカーが離れたところで小さく笑っているのが見えた。絶対、俺のことを鈍感だとか、察しが悪いとか思っているに違いない。


「髪飾りだけでなくドレスも、色や刺繍で少しでも大人っぽく見えるように、でも華美になりすぎないようになどと随分と悩まれながら選ばれて、でも、その様子がとてもお幸せそうで、私もとても楽しかったです」


今回の準備がロザリーにとって、楽しい時間であったのならよかった。


何度も湯を替え、丁寧に拭き取るうちに、薄茶色の柔らかい髪に戻ってきた。


「次で最後です」


とオリビアは桶に新しい湯を張り、そこに香油を数滴垂らした。ふわりとバラの香りが辺りに広がった。


―――ああ、これがいつもロザリーからほのかに香っているのか。


その湯で髪全体を拭き取り、乾かした後でブラッシングを終えると、その緩く波打つ髪は艶やかで美しく、そしてとてもいい香りがした。


俺はその髪にそっと口づけた。

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