張り詰めた糸
真っ白な霧の中にいたのは、もしかしたら助からなかったのかと思ったが、夢を見ていたようだ。
「レイ様、レイ様!」
大好きなロザリーの声で現実の世界へと引き戻されるように目覚めたが、あまりの眩しさに顔をしかめた。
「レイ様⁈どこか痛みますか?」
心配そうな声が聞こえるが、目を開けていられない。そんな俺に医官が近づき、目を診察した。
「毒の影響で、まだ瞳孔が開いています。それで過度に眩しさを感じられている状態です」
「治りますか?」
ロザリーが心配そうに聞いてくれている。
窓には厚いカーテンが引かれて部屋は薄暗いはずだが、晴れた雪原にいるかのように眩しい。これはあの毒のせいなのか…
眩しさに耐えかねて、再び目を閉じた。
「最初に診たときと比べると小さくなっていますので、じきに治ると思います」
「治るんですね、よかった…」
「ただ、しばらくは眩しさに敏感になると思いますので、気をつけてください」
「気をつけるとは?私にできることかしら?」
「急に明るいところに出られると、周りが真っ白に見えてつまずいたりする心配があります。側におられる方が気をつけていただけると、転ばずに済むかもしれません」
「わかったわ。他には?」
「あとは早い動きに目がついていけなかったり、急に日向に出た時に咄嗟の判断ができずに危険ですので、症状が完全に治るまでは乗馬は控えられるようにしてください。剣術などの対戦も危険を伴います」
目を閉じたまま、まだぼんやりとした頭でロザリーと医官の会話を聞いていた。目を閉じていても、瞼の向こうが眩しい。
「それは馬車に乗っていただきますし、危ないことは控えていただきます。それで、他には?もし急に具合が悪くなったりしたらどうしたら?」
「ロザリー様、落ち着いてください。
しばらくは安静にしていただく必要がありますし、様々な症状が続きますが、意識を取り戻されましたので、お命には別状ないと思います」
「本当?……よかった…」
少しだけ眩しさに慣れて目を開けると、そこにロザリーのほっとした笑顔がある…と思ったのに、かなり険しい顔だった。
「レイモンド様、」
静かで落ち着いた、今まで聞いたことがないような声でそう呼ばれると、寝たままでも背筋が伸びた。
「なぜあのようなことをなさったのですか?周りを巻き込まないように、他に傷つく者が出ないように、そして私を助けてくれようとなさったことはわかります。でも、それでレイモンド様がこのように傷付かれ、命も危うくなるようなことをなさって良いはずがありません。レイモンド様ご自身ではなく、側にいる者を動かして守るべきものを守ってください。もちろん、側にいる者達のことは大切にしなければなりませんが、いざという時には彼等に守ってもらい、必要があれば彼等を盾にしてでも貴方様の命は守らねばならないのです。それを真っ先に危険へ飛び込まれては、彼等も守りきれません。万が一、貴方様に何かあった時、彼等がどれだけ悲しむか、そしてどのように彼等が罰せられるかご存知ですよね。そして貴方様はオルトランドの民が幸せであるために、どれだけの責務を背負っておられるか、わからない方ではありません。それを承知であのような無責任なことは二度となさらないでください。いずれはオルトランド王国の国王となられるお立場であれば、レイモンド様を庇って私が倒れることはあれど、その反対があってはならないのです。
もうあのようなことはなさらないとお約束いただけますか?」
「………は…い」
俺はかすれた声で返事をした。
あとで叱られるだろうと覚悟はしていたが、ロイド侯爵かオスカーにだと思っていた。まさかロザリーにこんなにも叱られるとは思わなかった。
俺の返事を聞いた途端、ロザリーの瞳からは大粒の涙が溢れ出した。つい先程の大人びた背筋も伸びるような険しい顔とは対照的に、子供のように泣き出した。
あの夜会からどれだけの時間が経ったのかわからないが、この瞬間までずっと気を張っていたのだろう。そんな思いを彼女にさせて申し訳なさでいっぱいになった。
ロザリーを抱きしめたくて体を起こそうとしたが、体中が痛かった。脇腹だけでなく、どこもかしこも。
痛みに顔を歪めると、ロザリーが慌てた。
「レイ様、う…動いて…は、だめ…です」
しゃっくりを上げながら、俺を静止した。
「オス…カー…」
俺が呼ぶと、オスカーは言いたいことを察して俺の体を起こし、背中にたくさんのクッションを入れて支えてくれた。
正直なところ、座っただけで痛みが走ったが、それよりもロザリーの無事を近くで確かめたかった。
「ロ…ザリー……」
その名を呼んで両手を広げると、ロザリーは寝台の横に座ったまま俺の右手を握った。
俺は違うと首を降り、もう一度両手を広げた。
「でも…」
寝台へ上がることを躊躇っていた。それなら、と俺は体を彼女の方へ寄せようとした。
「痛っ…、くっぅ……」
「レイ様!やめてください。わかりましたから」
ロザリーは慌てて寝台に飛び乗り、そしてそっと、触れるか触れないかくらいの力で包むように俺の背中に手を回した。
俺は彼女を抱き締めた。
「い゛ったたた…」
「レイ様!」
ロザリーは、自分が動くと俺が痛いと思ったのか、俺の腕の中で固まっている。
「だい…じょ、うぶ…だ」
痛いのは動き出す一瞬だけ。引き寄せた彼女がもたれかかっても痛くはなく、むしろその温かさが心地よかった。
ふぅ、っと俺が力を抜くと、ロザリーの体からも力が抜けた。
「よかった……もう目覚められないこともあるかも、って言われたから…怖くて…」
ロザリーは俺の胸元にそっと耳を寄せて心音を確かめているようだった。
「よかった…」
俺がここにいることを確かめるように、ロザリーはその手で俺の背中を優しく摩った。
「よかった…本当に、よかった…」
そう何度も繰り返していたロザリーが、いつの間にか静かになっていた。そしてグラッと横へ倒れはじめた。
「………!」
俺は咄嗟に声も出ず、出した手も間に合わず、そのまま倒れると寝台から落ちてしまうと思った時、オスカーがロザリーを受け止めた。
「ようやく眠られましたね」
オスカーがほっとした様子で呟いた。




