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氷と花の  作者: 千雪はな
第6章 ユリセラの夜会
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間に合え

ディラン・ガレンシングがロザリーに向かって歩いているのを見つけ、一瞬オスカーを走らせようかと思ったが、階段へと向かうフレディと話すうちに俺からは少し離れていた。


こちらへ戻ろうと振り返ったオスカーも俺の方を見た。俺は口元に人差し指を当てて声を立てるなと伝えてから、ロザリーの方へ向かって走り出した。


自分で動くなと言われたが、オスカーを待っていたら絶対に間に合わない。俺だって間に合うか―――いや、間に合え。間に合わせる。


ディランはかなり思い詰めた表情でロザリーだけ、その一点だけを睨んで歩いていた。獣が獲物を狩るような目をして、華やかな会場の中でその男だけが異様な雰囲気を放っていた。


手には隠すように何かを握っている。袖の陰に見え隠れしてここからはよく見えないが、おそらく短剣だ。


ロザリーに逃げろと伝えたかったが、ディランが俺に気付き歩みを早めたら……それこそ間に合わなくなる。ディランがロザリーにだけ意識を向けているうちに、ロザリーにその刃が届く前に、俺は彼女の元まで辿り着かなければならなかった。


ディランはみるみるロザリーに距離を詰めるのに、ロザリーもその周りも気づかない。


―――護衛は⁉︎


護衛の二人は、ロザリー達の邪魔にならないよう遠慮するかのように壁際に立っていた。もう一人いるが、話の輪の外で、全く違う方を警戒している。


―――なぜ彼女のすぐ横に誰も立っていないんだ!


俺も居心地が悪かろうが、あのままロザリーと腕を組んだままあそこに立っていればよかった。


後悔しながら、俺は人を掻き分けながらロザリーの元へと走った。



遂にディランがロザリーの手を掴み、彼女を自分の方へ向かせた。ロザリーは恐怖で声も出せずにいた。


初めて周りがざわついた。


「オルトランドなどに横取りされるくらいなら死んでくれ!」


そんな自分勝手なことを叫んで短剣を振り上げる男に俺は飛びついた。


二人で床に倒れ込み、揉み合った。


すぐに駆けつけた衛兵が男を抑え、オスカーが床に転がった血の付いた短剣を靴で踏みつけて押さえた。それを俺は倒れ込んだまま見ていた。


血の付いた――俺は左脇腹に痛みを感じた。そこへロザリーが駆け寄ってくるのが見えた。


―――ああ、これはあとでしっかり叱られるな……でも、ロザリーが怪我をしていないならよかった。


短剣は(かす)った程度で、ロザリーに「大丈夫だ」と伝えたかったが声が出なかった。


傷口が熱く焼けるように感じるのに、全身から血の気が引くように寒気がする。喉は締め付けられるように息が吸えない。


―――毒か!


昔、一度だけ毒を盛られた時があった。その時の感覚に似ている。こんなに強烈ではなかったが……


「レイ様!レイ様っ!」


ロザリーの声が近くに聞こえる。俺の頭が支えられて顔は上に向けられた。天井のシャンデリアが目の奥が痛くなるほど眩しい。視界がぼやけ、目の前に誰がいるのかもわからなかった。


赤く見えるのはロザリーの髪飾りだろうか…


「レ…様!解毒……す。…んで…さい!」


耳元で叫ばれる言葉も途切れ途切れになってきた……水の中にでも沈められた感覚だ。


口元に小さな瓶が押し当てられた。解毒剤…か?


飲まなければと口を開けると少量の液体が流れ込んできた。唾を飲み込むように飲み下すだけ、それだけなのに喉はぴたりと閉められて何も通っていかない。


「レイ……い、飲ん…おね…い!」


少し意識が遠のきかかったが、ロザリーの声が聞こえ、もう一度口の中の液体を飲み込もうとした。


「がはっ!ごほっ…ごほっ…!」


閉められた喉に無理矢理通そうとして激しくむせた。口の中は苦味だけを残して空になってしまった。


毒はおそらくデルフォレイン、ガレンシング家が輸入量を誤魔化していた毒草だ。即効性が高く、その場で解毒できなければ、少量でも命を落とすことになる……いつか調べたことが思い出された。そして、その解毒剤は吐き出してしまった。


―――俺は…死ぬのか?


ロザリーの声を遠くに聞き、頬に添えられたロザリーの温かく柔らかな手のひらを感じながら、俺は深く暗い水の底へ引き摺り込まれていった………

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