温かな思いと冷たい空気
ロザリーと踊るのは一曲だけだ。それが終わりに近づいていた。
過去には夜会のような場で何度も踊ったことがあるが、綺麗に着飾った女性を美しく見せるためのパフォーマンスと感じるだけで、楽しいだなんて思ったことはなかった。
ロザリーの笑顔を見つめ、言葉を交わし、彼女がくるっと回ればその視線がまた戻ってくることが驚くほど嬉しい。こんなにも曲が終わるのが名残惜しく思うことは初めてだった。
思い返せば、以前は相手の顔すら見ていなかった気がする。これまでの態度は令嬢達に失礼であったと反省し、でもこんなに幸せな時間を初めて持てたのがロザリーとであることを嬉しく思った。
曲が終わり、皆それぞれに近くの者同士で会話を楽しみ始めた。しばらくの歓談の時間の後、今日の夜会はお開きとなる。
俺はロザリーと腕を組んだまま会場の中央から離れた。少しでもガレンシング公爵達から距離を取りたかった。
俺たちの側にはオスカーとフレディが、少し離れたところにロイド侯爵が立ち、辺りを警戒していた。
「ロザリー、話したい相手がいたら教えてくれ。次に会えるのはいつか約束をしてやれないから、心残りがないようにしてほしい」
「ありがとうございます。ではレイ様、あのシャンデリアの下にいる者達と話をしてもよろしいですか?小さい頃はよく一緒に遊んだ従姉妹達なのです」
「ああ、それなら俺もぜひ挨拶をしたい」
従姉妹のもとへ辿り着くまでに幾度も声を掛けられた。その度にロザリーは嬉しそうに応対している。
改めて、俺の知らないロザリーのこれまで生活がユリセラにあったこと、多くの人から愛されて過ごしてきたことを感じた。
「ロザリー様のこと、どうぞお守りください」
「どうかロザリー様を幸せにして差し上げてください」
皆、ロザリーの幸せを願う言葉だけでなく、俺にロザリーの今後を託す言葉を掛けた。
彼らにとってロザリーは、大切なユリセラの宝とも言える親愛なる存在なのだ。その彼女を俺は遠く離れたオルトランド王国へ連れて行く。元よりそのつもりではあるが、ロザリーを必ず守り幸せにしたいと改めて強く思った。
◇ ・ ◇ ・ ◇
何度も足を止めながらようやくロザリーの従姉妹達にたどり着いた。
お互いに嬉しそうに本当の姉妹のように気を許して言葉を交わしている。ただ、俺がすぐ横にいるのは話しづらそうに視線を向けられ、俺はロザリーと組んだ腕を解き、彼女の後ろに立った。そのままそこにいるつもりだった。
だが、それを待っていたかのように、俺にユリセラの大臣と名乗る者、隣国の高官らが声を掛けてきた。国王の名代としてオルトランドを代表して来ていることもあり、無下にすることもできず、一人ずつと言葉を交わしていく。
ロザリーも次々に話しかけられて少しずつ俺から離れていく。彼女にも護衛が数名付いてはいるが、距離が開くたびに落ち着かなくなった。
―――さっき、腕を解くんじゃなかった。
そう思いながら、何人目かの話を聞いている耳元でフレディが小声で報告してきた。
「ディラン・ガレンシングがここを出るようです。追います」
俺は目の前の高官の応対をしながら頷き、視線を扉の方へと向けた。
こげ茶の長い髪を後ろで束ねた濃紺の上着を着た男が足早に広間を出て行き、それをフレディが追った。間に合うのか?
高官達の話が途切れたところで壁際へと寄った。オスカーと状況を整理したかった。そこへフレディが戻ってきた。
「申し訳ございません。扉を出たら既にディランの姿がありませんでした」
「こちらの目から逃れたいだろうとは思ったが、これ程あからさまなら何かを仕掛けてくる可能性は高いだろうな…。
フレディ、二階を見張ってくれるか?ここからは死角が多い。上からこちらのフロアも見渡せるだろう。
オスカーはここに残ってくれ」
「かしこまりました」
ロイド侯爵はガレンシング公爵の動きを捉えているのがわかった。
オスカーは、階段を上がろうとするフレディと今後の動きを手短に確認している。
こちらの警戒体制が決まり、ロザリーのことを確認しようとしたその時、床をひんやりとした空気が流れてきた。
振り返ると、庭へ面する窓が開け放たれていて、近くの給仕の者が窓を閉めるところだった。誰かが酔いを覚ますため庭へ出たのだろうか…?
改めてロザリーの様子が見たくて、視線を窓から彼女が立っている方へと動かしたその時、ゾクッと寒気がした。髪を束ねた濃紺の上着の男…
―――ディラン・ガレンシング!
その男がロザリーに向かって歩いていた。




