夜会への扉を前にして
夜会が行われている大広間の扉の前にロザリーと並んで立った。
扉の向こうからは華やかな音楽が聞こえていた。夜会は終盤を迎えている頃だ。
本当であれば、ロザリーも夜会が始ったすぐに、成人を迎えた王族として紹介されて客人らと共に楽しい時間を過ごすはずだ。しかし、今回は俺の命を狙うガレンシング公爵家の者も出席することもあり、ロザリーの登場はできるだけ遅らせることになっていた。
ガレンシング侯爵家については、疑念は色濃くあるが、証拠が乏しく、危険があるからといって招待をしない訳にはいかなかった。
ライアンが「我々の調査が及ばず申し訳ない」と謝っていたが、我々も、ガレンシング公爵家の招待を取り止められないかと、あらゆる手を使って調べていたが何も掴めなかった。あちらも動きを控えていたのかもしれない。
聞こえていたテンポの良いワルツが終わろうとしていた。この曲が終わったら入場だと思った時、俺の右腕に添えられていたロザリーの手にきゅっと力が入った。隣にいるロザリーは硬い表情で扉を見つめていた。
初めての夜会を前に緊張することはあるだろうが、彼女のその表情は、緊張ではなく不安でいっぱいになっていた。
力が入ったロザリーの手に俺の左手を重ねると、思い詰めていた顔をハッと上げて俺の方を見た。
「ロザリー、今日はおめでとう」
「……え?」
「今日は貴女の晴れの日だ。俺にとっても、これからはどこへでも貴女と一緒に出られると思うとすごく嬉しいんだよ」
どうしても不安は拭えない状況ではあるが、ロザリーには今日のこの日を迎えたことを嬉しいと思って欲しかった。
少なくとも俺は待ち望んだ日で、「おめでとう」は彼女の気を逸らせるための口先だけのセリフではなく、心からの言葉だった。
その気持ちが伝わっただろうか。ロザリーはふわっと花が咲いたように笑顔になった。
心の奥から温かい気持ちになるその笑顔を見たら、俺の手は彼女の方へと伸びていた。整えられた前髪をなぞり、頬を包んだ。
そして、こちらを見つめる綺麗な瞳に吸い寄せられるように俺はロザリーに顔を近づけ、その唇にそっと口づけた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
驚いて目を見張るロザリーも、また可愛かった。
「貴女のその笑顔を見たら、愛しいと思う気持ちが抑えられなかった」
口づけは婚約の発表をしてからだなんて、誰が思ったんだろう。あんな愛らしい顔を見たら、もう我慢できなかった。
「俺が必ず守るから、貴女は笑顔でいてほしい。本当に大好きだよ、ロザリー」
ロザリーは顔を真っ赤にしている。もうすぐ入場となるのに動揺するようなことをして…と、その目は無言で訴えているようだった。
聞こえていたワルツが終わり、少しゆったりとした曲調に変わった。それを合図に部屋の隅にいた者が「そろそろよろしいでしょうか」と扉に手を掛けた。
「ま、待って。ひと呼吸だけ」
そうロザリーが慌てた。
大きく息を吸い、静かに長く吐き出すと、ふっと背筋を伸ばした。頬を少し赤らめたまま、努めて澄ました顔で俺を見た。
「ではレイ様、参りましょうか」
その健気な様子にふっと笑いを堪えることはできなかったが、俺もロザリーに合わせて落ち着いた声で答えた。
「ああ、行こうか」
そして扉は開けられ、俺たちは大広間へと一歩踏み出した。
小さな声で「その顔も可愛いな」と独り言のつもりで言ったが、ロザリーには聞こえたようだ。
「レイ様の馬鹿っ」
俺にだけ聞こえるように可愛い悪態をついた。
ロザリーも、そして俺も、さっきまでの張り詰めた表情とは違い、晴れやかな顔をしているだろうか。




