鏡の中のふたり
ロザリーの準備ができたと聞き、彼女が待つ部屋へやってきた。この後はずっと一緒にいられるはずだ。
扉をノックするとすぐにオリビアが出てきた。その奥には、夜会のために正装したロザリーが見えた。
ローズレッドのドレスは繊細なレースとフリルで飾られ、華やかでロザリーによく似合っている。上品なボリュームのスカートには、細かくバラの刺繍が施されていた。
どこか雰囲気が違うと思ったら、いつもは緩めに編まれている髪が、今日はしっかりとまとめられていた。クリスタルビーズが細かく飾られ、光が当たるとキラッと輝き、低めの位置に着けられた大きめのバラの髪飾りが大人っぽく見えた。
「ロザリー、とても綺麗だ」
それ以外の言葉が見つからなかった。
「レイ様!」
目が合った途端に笑顔になったロザリーがこちらに歩いてくるだけで、たまらなく嬉しくなった。彼女を抱きしめたくなったが、綺麗に結った髪が乱れてはいけないと思い、そっと右手で彼女の頬を包み、おでこにキスをした。
口づけたいのはグッと我慢した。なんとなく、今日の婚約を無事に発表し終えてからと思っていた。願掛けのようなものだろうか。
もう一度彼女の顔を見つめると、ロザリーは俺の手を取って幸せな気持ちを込めた息をふぅっと吐いた。
「レイ様、素敵です…」
思わぬ言葉に俺は驚いた。世辞で言われることはあるが、ロザリーから言われるとは思っておらず、落ち着かなくなる。
「俺は……そんなことはないだろう」
俺の服にもロザリーのドレスに合わせた刺繍は入っているが、希望した通り装飾しすぎない一般的な正装だと思うが。
何よりも今日の主役はロザリーだ。その美しく着飾った彼女の隣に立てるだけで、俺は今日一番幸運な男だ。そう思っているのに、ロザリーは俺の返答に不服そうな顔をした。
「レイ様、鏡をご覧になりましたか?ただ立っているだけでこんなに素敵なのに」
そう言ってロザリーは俺の右腕を取って姿見の前に引っ張っていった。鏡に映る俺とロザリーが並ぶと、どうしてもロザリーに目が行ってしまう。他の誰もがロザリーを見るだろう。俺はそのおまけみたいなものだ。
自分の姿を見ても照れくさくなっただけで、視線をずらすと鏡の中でロザリーと目が合った。ロザリーは俺のことを嬉しそうに見てくれていた。
「こんなふうにレイ様と社交の場に出ることになるなんて、夢のみたい。昨日も嬉しくてなかなか寝られなかったんですよ」
鏡の中で目を合わせたまま、ロザリーは楽しそうにしている。
「姫様、そのように腕にお掴まりになっていると子供っぽく見えますよ」
そうオリビアに言われて、ロザリーは姿勢をピッと正した。俺の二の腕に抱きつくように捕まっていた手を解き、俺の腕にそっと手を乗せた。
「これでよろしいかしら」
澄ました口調で言ったすぐに、ロザリーは我慢できずにクスクス笑い出した。
「はぁ、だめね。まだ大人っぽくはできないみたい」
その笑顔につられて俺も笑った。
「まだ大人にならなくてもいい。貴女のその笑顔が大好きだから、今はまだ可愛いままでいてくれないか」
俺の腕に置かれたロザリーの手に俺の左手を重ねた。そういえば、出会った頃はこの手に包帯が巻かれていたんだった、とふと思い出した。雪の中で倒れ、あちこち傷だらけだったあの少女が、俺の横に立ち、頬を染めて花が咲いたように笑っているなんて感慨深くなった。
「私はレイ様に釣り合うようになりたいんです」
そう言って少し拗ねた様子がまた可愛かった。
「でも、さっきの一瞬はすごく綺麗で大人びて見えたな」
「本当?それなら夜会の時は笑い出さないように頑張ろうかしら」
そう、ふふふと嬉しそうに笑ったところで、扉がノックされた。廊下で待っていたオスカーたちが「そろそろお時間のようです」とオリビアに言っているのが聞こえた。
「では、参りましょうか」
と、俺がかしこまって腕を差し出すと、ロザリーは優しく微笑み、スカートをふわりとなびかせてお辞儀をした。そして彼女の手をそっと俺の腕に乗せた。
夜会の会場へと向かう間も、右を見れば少し緊張した面持ちのロザリーが微笑み返してくれる。幸せを感じながら歩いていた。




