王子の決断(後編)
ロザリーが不安そうに部屋に入ってきた。
「兄様、お呼びですか?」
「ああ、レイモンド殿が貴女と話したいことがあるそうだ。私は立ち会うが、いないものとして話すといい」
「はい」
そしてライアンは宰相と共に少し離れたところに立ち、俺はロザリーと向き合った。
俺は、真っ直ぐにロザリーの顔を見た。ロザリーは、俺と視線が合うと悲しそうに目を伏せた。
「ロザリー、困ったことがあれば頼ってほしいと貴女には伝えた。今がその時だと思うのだが」
「………」
ロザリーは視線を床に落としたまま黙っていた。
「婚約者候補のこと、今後起こり得ることを聞いた。できれば、貴女から助けを求めてくれたら嬉しかったのに」
スカートをギュッと握り締めて肩を震わせ、ロザリーは小さく首を横に振った。
「……それだと、レイ様が…」
俺はロザリーに歩み寄り、そっと抱き締めた。
「危険なのはわかっている。それでも貴女の側にいたいんだ」
ロザリーは両手で俺を押し返すと顔を上げた。強い意志を感じるその瞳からは堪えていた涙が溢れてきた。
ライアンの方へ振り向くと、強い口調で問い詰めた。
「兄様も何故、止めてくださらないのですか!これは我が国の問題でしょう?レイモンド様は巻き込んでいただきたくないとお願いしたではありませんか!」
そう言ってライアンの方へ歩き出そうとするロザリーの前へと回り込み、彼女の肩を包むように両手を添えた。
俺を真っ直ぐに見つめ返す瞳からは大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちた。その涙を隠すように、ロザリーは俺の胸に顔を埋めた。
「ロザリー、貴女は俺には隠して全てを自分で背負うつもりだったと思うが、貴女の身を案じる者はたくさんいるんだ。
そして私もその一人だ。貴女が危険に晒されることも、独りで悲しむことも望まないよ」
俺はロザリーの背中をそっと叩きながら続けた。
「大丈夫だなんて約束はできないし、貴女に心配を掛けるかもしれない。でも、俺は何かあった時に貴女の側にいないなんて耐えられそうにないんだ」
ロザリーはただ首を横に振っていた。
「貴女のことは妹のように守ってあげたいと思っていた。7歳も年上だし、貴女の兄上と同じ歳だ。妹だと思い込んでいたのかも知れない。
貴女が幸せになるのなら、遠くから見守るだけでいいと思っていた。
でも、ガレンシング公爵家の陰謀に貴女が巻き込まれると知って自分の気持ちに気付いた。
貴女は俺が守りたい。
陰謀を止められる駒が俺しかないなら、危険だとしてもその駒でもいいから貴女を守りたいんだ」
「……なぜ」
ロザリーは涙で濡れた顔を上げて俺を見た。俺は、彼女の頬に手を当てて指でそっと涙を拭った。
手のひらからロザリーの温かさを改めて感じた。
彼女と離れて心配することしかできず、歯痒い思いをした時間を思い出していた。
「ロザリー…」
そう呼びかけられることがどれだけ幸せなことか。潤んだ緑の瞳が俺を見上げていた。
「ロザリー、貴女のことが好きだ」
澄んだ瞳からまた一粒涙が溢れた。
「どんな時でも貴女の側にいたいんだ」
少し戸惑った様子で立つ彼女の前に、俺は片膝をついた。
「ロザリー、これから先、俺の隣で共に歩んでくれないだろうか」




