勿忘草の伝言
外交を学び始め、ロイド殿の下で執務をするようになってから一年が経とうとしていた。
最初はフレディと机を並べて、ひたすら資料の準備をしていたが、半年を過ぎた頃から隣国の使者などとの折衝の場に同席を許されるようになった。
ロイド殿の判断や、交渉術など側について学ぶことは山のようにあり、一日一日があっという間に過ぎていった。
夕方には自分の執務室に戻り、オスカーが整理した管轄地の案件を確認する。全ての執務が終わるのは夜遅くになってから。そんな日が続いていた。
「殿下、お疲れ様です。ロザリー様からお手紙が届いております」
本日の執務が全て終わり、オスカーが一通の淡いピンク色の封筒を差し出した。
封筒の表にロザリーが描いた『レイモンド様へ』の文字は、書類の山を見続けた後の何よりの労いの言葉のようだった。封筒を裏返し、見慣れたバラの封蝋を確かめ顔が綻んだ。
おおよそ三ヶ月に一度、四季があるユリセラの季節が変わる頃にロザリーから手紙が届き、彼女の様子を伝えてくれた。
明るい話題がほとんどだが、時々悲しくなって落ち込んだことなども書いてあり、そんな気持ちを吐き出す場に少しでもなっていればいいと思った。
俺の返事にも喜んでくれた。なかなか気の利いたことが書けず、短い手紙なのに『手紙を読んでくださったことが伝わってきます。それが嬉しいんです』と前の手紙に書いてあり、その言葉に俺の方が癒やされていた。
早速、今回届いた手紙の封を開け、丁寧に畳まれた便箋を広げると、春の庭の様子や育てたハーブの話、慰問で子供達と触れ合った話など、ロザリーの生活が充実していることが伝わってきた。
「元気そうだ」
「それはよかったですね。殿下はどんなお返事を書かれるんですか?」
「何を書いたらいいと思うか?執務のことを書いても面白くないだろうし、外は相変わらず雪だしなぁ…」
「そういえば、一昨日、久しぶりにオーロラが出てましたね」
「そうなのか⁉︎見逃したな…」
そんなことを話しながら、もう一度ロザリーの手紙を読み返していた。
「………?」
「殿下、どうかされましたか?」
「この文、何かおかしいんだ」
「どれですか?」
オスカーも一緒に確認する。それは手紙の最後に追伸のように書いてあった。
―――『一緒に本で読んだ勿忘草の三つ目のお話、また教えてくださいね』
「何か一緒に読んだんですか?」
「いや、書庫には行ったが、一緒に本は読んでない…」
◇ ・ ◇ ・ ◇
すぐにオスカーと書庫に向かった。静かな廊下に俺とオスカーが足早に歩く音が響く。
やがて、ロザリーが過ごしていた部屋の大きな扉が見えてきた。扉の脇に立っていた衛兵達の姿は、今はもうない。
俺は鍵を取り出し解錠すると、その重い扉を開けて中に入った。
淡い色のテーブルクロスや色とりどりの花で飾られた温かな雰囲気だった部屋はすっかり片付けられ、色を失って寒々としていた。
書庫に入るとすぐに植物の図鑑を取り出し、近くにあった小さな机の上に広げた。
「勿忘草……」
青い花が描かれたページを開く。そこには勿忘草の学術名、分類、その特徴などが描かれているが…
「三つ目の話ってどれのことでしょうか…?」
オスカーも横から覗き込んで、色々な「三つ目」を考えている。
「この図鑑に書かれていることではないのかもしれないな」
「そうですね…。殿下、ここは冷えますので、一度戻って考えませんか?」
「ああ、そうしよう」
誰も使わなくなった部屋は、凍り付かない程度にストーブを焚いているが、長居をするには寒い。俺たちは図鑑を持って部屋へ戻ることにした。
廊下に出て扉を施錠していると、後ろからカーラの声がした。
「あら、殿下。今、お時間よろしいでしょうか」




