出立の時
遂にロザリーが帰国する朝を迎えた。
ロザリーが成人前のため非公式にはなるが、王城を離れる前に国王と王妃へ挨拶を行う場が設けられ、俺もそれに付き添うことになった。
挨拶のために迎えに行ったのは、ロザリーが過ごした部屋ではなく、ユリセラ王国のために用意した部屋だった。使者と共に待っていたロザリーは、あの可愛らしいあどけなさを残す少女ではなかった。
「ロザリー殿、準備はよろしいですか」
「はい、ありがとうございます。参りましょうか」
俺の問いに対し、背筋をピンと伸ばし振舞う姿は、王女としての佇まいがあった。
ロザリーが国王へのこれまでの感謝と別れの挨拶を滞りなく済ませると、すぐに出発となる。
正面エントランスへと向かう廊下を、俺もロザリーも無言で歩いた。
何かロザリーに声を掛けたかったが、ユリセラの使者だけでなく陛下の臣下も見送りにと来ていたためか、ロザリーは自分の立場を全うするかのように、その硬い少し緊張したような雰囲気を崩すことはなかった。
エントランスを出ると、ロザリーは立ち止まった。表情を少し緩めて、そこで待つ者達一人一人と目を合わせるようにゆっくりと見回した。
俺は馬車の傍らで彼女を見つめた。
まずは馬車の護衛の兵達に一礼し、次にエントランスの脇に整列して見送る侍女や城内の護衛の者達に丁寧にお辞儀をした。
そして最後に城正面を向き、静かに城を見つめた後、深くお辞儀をした。それはロザリーがこの場にいる者だけでなく、我がオルトランド王国すべてに感謝の意を表してくれているようだった。
振り返ったロザリーの瞳は潤んでいるようにも見えたが、その凜とした姿は見事だった。
馬車の前まで来ると、もう一度エントランスの方を向き、ハンカチで涙を拭っている部屋付きの侍女達四人に向かってにっこりと笑って小さくお辞儀をすると俺が差し出した手を取り、馬車に乗り込んだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
ガララの砦までは、行きと同様に問題もなく半日程で到着した。
しかし、砦に到着する直前、窓の外から見えたロザリーの顔色は良くなかった。馬車に揺られているうちに否が応でも襲撃のことを思い出し、侍女の手を取りひたすらに耐えていたようだった。
ユリセラ側はこのまま国境を超えてシセイレンの砦へ向かうつもりのようだったが、ロザリーが希望したこともあり、一度ガララの砦で馬車から降りて休憩をすることになった。
砦内に馬車を止め、扉の前で声を掛けた。ユリセラの護衛の兵達の目もあり、隣国の王女と意識して。
「ロザリー殿、馬車を降りて休まれませんか?」
「………」
少し待っても返事がなかった。「失礼します」と断って、そっと扉を開けると、ロザリーは侍女にもたれ掛かって真っ青な顔をしていた。
「ロザリー、大丈夫か⁈」
もう隣国のだのなんだのは吹き飛んでいた。馬車に乗り込みロザリーを抱き上げると、外に連れ出した。
「ごめんなさい……」
そう言ってロザリーは俺の肩に顔を埋めて小さく震えていた。
周りの目があると、こんな風になるまで自分の気持ちを押し殺して、気を張っていなければならないことを改めて感じて、心が痛くなった。
幸い、馬車を降りてしばらくすると顔色もよくなり、今は温かいお茶を飲んでだいぶ落ち着いてきているようだった。
「またご迷惑をお掛けしてごめんなさい…」
ロザリーは瞳に涙をいっぱいにためて、小さな声で謝った。
そんな彼女を抱きしめたくなった。「もう少しここに居たらいい」と思わず口にしそうになった。
でも、帰国を先延ばしにすることも、たとえ先延ばしにしても問題は解決することはできないとわかっているから俺は何も言えずにいた。
そこへお茶のおかわりを持ってきたオスカーが珍しく答えた。
「迷惑は掛かっていませんよ。ちょうどお茶の時間で皆、休憩しているだけですから。ですよね、殿下」
オスカーのその言葉で俺も少し落ち着いた。
「ああ、その通りだ。貴女が迷惑を掛けたことなんて一度もないと思っているよ」
ロザリーは泣きそうな顔で笑った。
「私、……このお茶を頂いたら、ここを発ちますね。ゆっくりしてたら離れられなくなってしまうもの…」
そう言ってロザリーはお茶を飲み終えると、また気丈に振る舞い、今度は簡単に別れの挨拶をして馬車に乗り込んだ。
もっと別れを惜しむものかと思ったが、意外とあっさりとその時は来てしまった。
国境で待つユリセラの護衛部隊にロザリーの馬車を任せ、俺の任務は全て終了した。
最後に見送った馬車の窓から見えたロザリーは思いっきり泣いた顔を頑張って笑顔にして、とびきり可愛くて愛しかった。
これで第3章は終わりです。
読んでいただきありがとうございます。




