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氷と花の  作者: 千雪はな
第3章 王女の帰還
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夜空を見上げて

狭い塔の上に俺はロザリーと二人で立っていた。


オスカー達は階段を上り切ったところにある小部屋で待機している。


外に出る時には、用意されていたフード付きの厚手の外套を羽織り、足元にはストーブも置かれているが、キーンと冷え切った空気が頬を撫でると痛いくらいに寒かった。


「んー、寒い!」


ロザリーはこんなに寒い中、嬉しそうにしていた。


「レイ様、見て。すごい星!」


空を見上げたまま、ロザリーは俺の腕にしがみついた。頭上には満天の星が広がっていた。


「ああ、これは綺麗だな」


「ね、降ってきそう…」


ロザリーは嬉しそうなため息を吐いて星空を見上げていた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


しばらく空を見上げていたが、新月の漆黒の夜空に星だけが無数に輝き、オーロラの気配はなかった。


ロザリーは俺の腕に寄り添い、空を見上げたまま話し出した。


「レイ様、助けていただいて本当にありがとうございました。まだまだ悲しい気持ちでいっぱいですけど、こうやって甘えたりしていいんですよね」


「ああ、そうだよ。貴女の国にも、きっと甘えさせてくれる人はいると思うよ」


「甘えながら頑張ってみますね」


ロザリーは俺の腕に頭をそっと寄せて俺を見上げ、微笑むとまた空を見上げた。


「ねぇ、レイ様。お手紙を書いてもいいかしら?」


「俺に?」


「ご迷惑でなければ……」


「もちろん迷惑ではない。俺が上手く返事が書けるか自信がないが」


「受け取っていただけるだけで構いません。レイ様に手紙を書くために頑張れる気がするんです」


「では、貴女からの知らせを楽しみにしている」


ロザリーは嬉しさを伝えてくれるかのように、俺の腕を抱き締めてくれた。俺はロザリーがいる左側が温かくて幸せな気持ちで、彼女を見下ろした。


飽きることなく星空を見上げる瞳は暗い中でも綺麗な宝石のようだった。長いまつ毛も、滑らかな陶器のような頬も、俺は目に焼き付けるように彼女を見ていた。


不意にロザリーが眉をひそめた。


「レイ様、あれは何でしょう?」


ロザリーの視線の先を見ると、遠くの空の一部にうっすらと(もや)がかかっていた。


「ああ、あれがオーロラの始まりだ。このまま見ててごらん」


驚いた顔で一瞬俺の方を見てから、すぐに空へ視線を戻した。小さな靄が少しずつ広がっていく。


俺の腕に掴まるロザリーの手に力が入った。


靄は次第に緑色を帯びた薄いシフォンの生地のように形を作り、風に(なび)くようにゆらめき始めた。


ロザリーからため息が漏れた。


その光の帯は空を這うように伸びていき、やがて俺たちの頭上にゆらめいていた。


「すごい…」


ロザリーは夢中で空を見上げ、空に向かって手を伸ばしていた。オーロラを掴もうとしているらしい。


可愛らしいその様子を見て、俺は彼女の希望を一つ叶えられたことにほっとした。


しばらくするとオーロラの色が薄れ、満天の星空に戻っていた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


塔の階段を降り、部屋へ戻るまでロザリーは興奮して侍女に話していた。


「ねぇ、ベス。オーロラって、本当に綺麗で神秘的ね。緑色に輝く美しい絹が舞っているようだったわ。貴女はどんなオーロラを見たことがあるの?」


「私ですか?そうですね…緑や青のオーロラが綺麗だと思いますが、赤いのも何度か見たことがあります」


「えっ、違う色のオーロラもあるの?オスカー様は?」


「渦を巻くように空一面を覆ったのを見た時は、さすがに言葉を失いました」


「ええっ!空一面……」


―――そんな年に一度見られるかどうかのとっておきを今出さないでくれ。ロザリーが見たオーロラが一番でいいじゃないか。


気の利かない返事をしたオスカーを睨んでから、ロザリーががっかりしていないか心配して見ると、なぜか更に目をキラキラさせていた。


「レイ様、いつか私も空一面のオーロラを見られるかしら?」


「こればかりは運次第だからなぁ…」


「また一緒に見てくださいます?」


「ああ、貴女がまた私と見たいと言ってくれれば」


ロザリーは無邪気にまた俺とオーロラを見てくれるつもりのようだ。俺は―――現実を考えると、俺が今度ロザリーに会えるのは彼女が成人して社交の場に出るようになってからだ。そしてその頃には可愛らしい彼女のことだから、どこかの誰かとの婚約もあっという間に決まっているんだろう。


次にロザリーがオーロラを見る時、隣に立つ男はどんな奴だろうか。ろくでもない男なら外交手段でもなんでも使って邪魔してやる。


―――いや、落ち着け…


世の可愛らしい年頃の妹を持った兄というものは、こんな気持ちになるものだろうか。


ふっと思わず笑いがこぼれた俺を、ロザリーはその笑った理由を考えるように不思議そうに見上げていた。

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