悪夢(後編)
「悪夢(前・後編)」は王女ロザリー視点です。
※残酷な描写、息苦しさを感じる表現があります。苦手な方はご注意ください。
左腕に強い痛みを感じて我に返ると、そこは暖かな部屋だった。飛び起きたのか、私は寝台の上に膝を抱えるように座り、右手は左の腕を押さえていた。
矢で射られたと思ったその腕には丁寧に包帯が巻かれていた。
心臓が痛いくらいに鼓動し、息も上がっていた。
「…父様、ごめんなさい……約束したのに…ごめんなさい」
手綱から手を離してしまった。父様の悲しい顔しか思い浮かばず、胸が苦しくなって膝に顔を埋めぎゅっと身を縮めた。
「…ロザリー様、大丈夫ですか?」
侍女のメアリの声がして顔を上げると、寝台の脇で心配そうな顔でリネンの手巾を手にしていた。私の額の汗を拭ってくれていたようだ。
メアリの顔を見て、ようやく夢から覚めたと少しホッとしたが、まだ恐怖が私を包み今にも飲み込まれそうだった。
「………」
私が言葉を発せずにいると、メアリは彼女の両手で私の右手をそっと包み込み、もう一度優しく聞いた。
「大丈夫ですか?とてもうなされていらっしゃったので…」
メアリの手の温もりを感じて体に入っていた力が少し抜けていった。そしてゆっくりと周りを見ると、そこはオルトランド王国で私に用意された優しい色に包まれた部屋だった。
この寝室も、前室や書庫まで一晩中小さな明かりが灯されていてうっすらと明るいが、外はまだ真っ暗のようだった。
「メアリ…、こんな夜中にごめんなさい」
「大丈夫ですよ。私達は交代でロザリー様のお側におりますから時間は気になさらないでください。
お水を飲まれますか?」
メアリがグラスを差し出してくれたが、今は手が震えてそれを持てる気がしなかった。
「お水は後で頂くから、そこに置いておいてくれるかしら。その前に、書庫で本を読んで少し落ち着きたいと思うの。もしできれば……」
「はい、何でしょうか」
「…いえ、なんでもないわ」
「ロザリー様、遠慮なさらず仰ってください」
「あの…温かいお茶が飲みたいの…」
「かしこまりました。お茶を飲んでから書庫に行かれますか?それとも…」
「書庫に行っているから持ってきてもらってもいいかしら」
「ええ、もちろん。ではご用意して書庫にお持ちしますね」
そう言ってメアリがにっこりと笑ってお茶の用意をしに寝室から出ていった。
私も寝台から降り、隣の居間を抜けて前室へと歩いていたが、前室に出た所で立っているのも辛くなっていた。
息が苦しい……
薄暗い中、右手に書庫の扉、左手に廊下に面する大きな扉が見えるがどちらも果てしなく遠く感じた。
心臓の音がひどく煩い。そして吸っても吸っても息が苦しい……
―――誰か…助けて……
手も足も重く動かない。私は力無くその場に座り込んだ。
「ロザリー様⁈」
後ろからメアリの驚いた声と手にしていたティーセットを慌てて置いたような大きな音が聞こえたが、返事をする言葉を発することができない。
「衛兵!誰か!」
メアリの大きな声、扉の開く音、バタバタとどこかへ向かう遠ざかる足音、私の名を呼ぶ声…周りは騒がしく動いているのに私だけ取り残されているようだった。
ヒュウヒュウと息を吸う音はするのに息苦しい。
もう座っていることも辛くなってきた時、優しく肩を支えられた。
「もう大丈夫だ」
低く優しい声が聞こえ、大きな温かい手が私の背中を一定のゆっくりとしたリズムで叩いてくれた。
私は額をその人の肩に預けた。呼吸はまだだいぶ早かったけど、少し息ができる気がして安心した。
「ほら、大丈夫だろう」
次第に呼吸も落ち着いてきた。すると涙が溢れてきた。皆が心配するから泣いてはいけない、そう思っても後から後から涙が溢れてきた。
嗚咽が漏れないようにぎゅっと唇を結び下を向いていると、肩を支えていた手がふわりと抱きしめてくれた。そして、もう一方の手は背中を摩ってくれた。
「泣いていいんだよ」
その一言でもう我慢できなくなった。優しい腕の中で堪えていた何もかもを手放して小さな子供のように泣いた。
声を上げて泣いたのは、父様と別れてから初めてだった。




