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氷と花の  作者: 千雪はな
第2章 傷を癒すために
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悪夢(前編)

「悪夢(前・後編)」は王女ロザリー視点です。


※残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

馬車が白樺の森の中を走っていた。葉を落とした木々の間を抜ける陽の光に照らされ、白い木肌が美しく輝いている。


―――これは夢だ。すぐにでも叫び出して目を覚ましたい。でも、喉の奥が潰れたように声は出ず、私は夢の中へ引きずり込まれていった…



陽が差し込む明るい馬車の中、私の視線の先にはオフホワイトのマフがあった。今日のためにお揃いのケープコートと一緒に用意された物だ。両側から入れた手を少し上げてマフを陽にかざしてみる。


「ふふふ」


「どうされたんですか?」


「見て、デイジー。この刺繍がとっても素敵なの」


マフには白に近い薄いピンクで小さなバラが刺繍されていた。遠目に見ると無地に見えるが、私の視界にはその可愛らしいバラがいつも咲いている。細い銀糸も入って、光が当たるとキラッと光るのだ。コートの裾にも同じ刺繍があって、ひと目見た時から気に入っていた。


「姫様、今日はとても嬉しそうですね」


馬車の中で私の向かいに座る侍女のデイジーも嬉しそうに言った。


街の方では親しみを込めてそう呼びかけてくれることはあるけれど、私のことを「姫様」と直接呼ぶのは極近くで仕える者だけだ。


私より少し年上のデイジーは私の乳母の娘で、姉妹のように一緒に過ごしてきた。今年から私の侍女として支えてくれている。


「今日のドレスもコートもとても素敵で見ているだけで嬉しくなるの。それに父様(とうさま)と出掛けるのも久しぶりでしょう」


父様が乗る馬車は見えないが、私達より先を走っている。私の視線の先には針葉樹の森が近づいてきていた。


―――あの森に入ってはいけない。お願い!…


急に辺りが薄暗くなり、馬車がガタンと音を立てて急に止まった。


馬車の外では衛兵たちが大きな声で慌てて指示を出している。馬車の方向を変え引き返そうとしていたその時―――



そこから先はいつも断片的だ。


外からは兵達の緊迫した声と剣の交わる音が響き渡る。


馬の興奮した(いななき)が聞こえる。


右側の窓が割れ、床に矢が突き刺さる。


馬車の扉が乱暴に開けられ、見たことのない男が乗り込もうとしたが、それはデイジーの背中で視線を遮られた…


その後は私の大切な人達が次々と倒れていく…デイジー、いつも御者を務めてくれるフランク、近衛兵のアレン、ニール………


―――お願い。お願い、もうやめて!


ハッと気がつくと走る馬に乗っていた。


革の手袋をした大きな手が、手綱を掴んでいる私の手を包み込むように一緒に手綱を握っている。


「ローズ」


背中から伝わるように大好きな低く落ち着いた声が聞こえてきた。


「父様!…皆が…皆が……」


涙が溢れ、父様の顔が見たいと顔を向けようとしたが、私の体は父様の両腕にぎゅっと挟まれて後ろを向けなかった。


涙で歪む視界に映る馬の背には見覚えがあった。父様の側にいつもいる近衛兵ジェラルドの馬のトキだ。小さな頃、何度も城内で乗せてもらった。


「ローズ、何があっても振り返っちゃいけないよ。馬から振り落とされるからね。そして手綱も絶対に離さないって約束してくれるかい。トキが必ずお前を城まで連れ帰ってくれるから」


「父様は?父様も一緒でないと嫌よ」


「ああ、いつも一緒にいるよ」


そう言った途端にドスッと後ろから衝撃を感じた。


父様の手に力が入り、強く咳込むと私の目の前に血が飛んだ。


「父様!!」


「ローズ…前だけ…見なさい……手…」


「絶対離さないわ、約束する!だから父様も離さないで!お願い…」


父様の手が震えていた。


「愛してるよ…ローズ…どうか………無事…」


ドスッ、ドスッと続けて衝撃を感じ、父様の手はゆっくりと離れていき、温かかった背中に急に冷たい風が吹き抜けていった。


振り返りたかった。すぐに馬を止めて父様に駆け寄りたかった。


でも最後の約束を守る。そう決めて手綱を強く強く握った。


次の瞬間、左肩に強い衝撃を感じ、わずかに時間を置いて燃えるように熱く感じた―――


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