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氷と花の  作者: 千雪はな
第2章 傷を癒すために
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それぞれの想い

診察の結果、特に異常は無かった。過労と精神的なものでしょう、と医官は説明した。


「どうしてもユリセラの王女様が傍にいらっしゃると、あの時のことを思い出されるでしょうから、取り敢えず今は、王女様と距離を置かれることをお勧めします。


いずれは、あの時の出来事に殿下ご自身が向き合われる必要がありますが、おひとりではなく、我々を含めて周りの支えを得ながらなさってください。


今のままですと、また何かを思い出された時に、同じようになられると思います」


「………そうか…」


「今は過労もありますので、まずはゆっくりお休みください」



診察を終えた医官を扉まで見送ったオスカーがまた寝台の横まで戻ってきた。


「殿下、間もなく夜が明けますが、今日は一日お休みください。明日以降も、殿下の体調次第です」


「もうすぐユリセラの使者が来るだろう」


「ここには王子の名代として対応できる者はいくらでもおります」


「…そういえば、急ぎの書類がたくさん残っていただろう?」


「いい加減にしてください!そんなもの、どうとでもなります!」


いつも冷静で飄々(ひょうひょう)としたオスカーがこんな風に声を荒げることは滅多にない。改めて心配を掛けたことを申し訳なく思った。


「オスカー、すまなかった。後は任せて休んでいいだろうか…」


「はい、そうなさってください」


オスカーは怒ったような、心配そうな顔をして、部屋の隅のソファに座り持ってきた書類に目を通し始めた。


ベッドに横になりながらオスカーの様子を眺めていたら、ふと子供の頃を思い出していた。


俺が体調を崩して寝込んでいると、いつもオスカーは寝台から少し離れたところに椅子を持ってきて本を読みながら、時々話しかける俺の相手をしてくれた。


それを思い出したからか、少し子供っぽい口調で話しかけていた。


「なあ、オスカー」


「はい、何でしょうか」


「少し話していてもいいか?」


「ええ、殿下がお辛くなければ」


オスカーも書類に目を落としたまま、昔のように返事をするので、俺は気負わず話し出せる気がした。



と言っても、それを口にしてしまっていいのか………


迷っているうちにだいぶ沈黙が続いたと思うが、オスカーは何も言わず、静かに俺が話し始めるのを待っていた。


「………ロザリーを見ていると、何度もリリィの姿が重なるんだ…」


急に過去の記憶に引き込まれる感覚を思い出し、ぎゅっと目を瞑った。


「でも、さっき言われたようにロザリーを遠ざけたいとは思わない」


思いつくまま、ぽつりぽつりと始まった話に言葉を挟むことなくオスカーは次の俺の言葉を待ってくれていた。


「ロザリーを雪の中で見つけた時から、彼女を助けてやりたいと思っている。無事にユリセラに送り届けてやりたい」


あの雪の中、夜を迎える前に見つけられて本当によかった。元気そうな様子やあの笑顔を見ると心から安堵する。


「…でも一方で、なぜリリィは助けられなかったんだと今更どうにもならない気持ちが何度も押し寄せてきて………」


では俺はどうしたいんだろう……その先の言葉が見つからなくて俯いていると、オスカーが静かに話し始めた。


「それは私も同じですよ」


その言葉に驚いて顔を上げると、オスカーは少し悲しそうに微笑んで続けた。


「私だけではなく、砦で救出にあたった者たちも、この城でロザリー様のお側についたり、あの部屋を準備した者たちも皆、それぞれに想いを抱えているはずです。


リリア様をお護りできなかった無念をこの国に忠誠を誓った者たちは皆、心のどこかにしまっています。


そして誰よりも傷ついているはずの殿下、貴方様が前に進み続けているのを我々は知っております。


どうぞおひとりで苦しまないでください。我々の力が少しでも殿下のお役に立つのであれば、いつでも頼ってください。


そのために我々はここにいるのですから」


「………過去に囚われているのは…俺だけじゃないのか…?」


「はい。殿下はいつもリリア様のお側にいらっしゃいましたから、苦しみも大きいとお察ししますが、ふとした時にリリア様を思い出し悲しみや悔しい気持ちに襲われるのは、私もそうですし、他にもそう感じている者はいると思います」


リリィのことをいつまでも引きずっているのは俺だけかと思っていた。俺だけが悲しみの中で足踏みをしてそこから前に進めないような感覚がしていたが、オスカーの言葉はすっと心の中に染み込んできた。確かにいつでも周りは俺を心配し、見守り、助けてくれた。


「もっと頼ったりしてもいいのだろうか…」


オスカーは椅子から立ち上がり寝台の横に膝をついた。その表情は先程と違い、安心したように柔らかく、でも真剣な眼差しで俺を見た。


「是非そうしてください。喜んで殿下をお支えします」


どこまでも沈んでいきそうだった心が少しだけ軽くなった気がした。

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