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氷と花の  作者: 千雪はな
第2章 傷を癒すために
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天井に映し出す過去

ロザリーの部屋からどうやって戻ってきたのか記憶にない。


オスカーが俺を運ぶ手配をしようとしたがそれはなんとか止めて、自分で歩いて部屋へ戻ると譲らなかったことだけはぼんやり覚えている。ロザリーの部屋で倒れただなんて噂にもされたくない。


なんとかオスカーの肩も借りず、自室まで戻った。冷や汗が止まらず、指先も凍るように冷たく感覚がない。


背後で扉が閉まる音を聞いた途端に、足の力が抜けてその場に崩れ落ちた。


「殿下!」


オスカーが咄嗟(とっさ)に支えようと走り寄ってくる………


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


そこで俺は気を失ったようだった。次に気がつくとベッドの上で寝ていた。


外は暗く、何時なのかもよくわからない。部屋の端の小さなランプの灯りに気づき目をやるとソファでオスカーが座ったまま眠っていた。


おそらく真夜中なのだろう。その後眠れなかったが、せっかく眠っているオスカーを起こしたくはない。動く気力もなく、そのままぼんやりと天井を眺めていた。



さっきの書庫での光景はなんと言ったらいいのだろうか。見たと言うのだろうか。現実ではないのに?…感じた、と言うべきだろうか。あれは確かに過去の出来事だった。


俺があの書庫で本を読んでいた時に、マナーの勉強が嫌だとリリィが抜け出してきたのだった。まさにあの明るい緑色のワンピースを着て、髪も綺麗に結っていた。


ここ数年は、あれ程はっきりとリリィを思い出すことはなかった。忘れたくなくても記憶はいつの間にか曖昧になり、手にすくった砂のようにこぼれ落ちていってしまう。


今、天井を眺めながらリリィの顔を思い出しても、目を(つぶ)ってあの笑顔を映し出そうとしてもぼんやりとしか思い描けない。


それなのにロザリーと一緒にいる時は、俺の意思とは関係なく過去のあの時に引きずり込まれる。思い出ではなく、まるでその場にいるかのようにその光景はいつも鮮やかだ。


あんなに鮮明なら目の前に映るリリィを抱きしめることさえできるのではないかと錯覚しそうになる―――過去に戻って救ってやることさえできるんじゃないか………


馬鹿なことを考えた。叶うことのない幻想を幾つ並べても虚しくなるだけなのに…無意識のうちにため息が出た。


「殿下?」


小声でオスカーがこちらの様子を伺うように囁いた。


「すまない。起こしてしまったな」


「いえ、眠ってしまい申し訳ございません。殿下、ご気分はいかがですか?」


「ああ、ただただ体中がだるい。…どこか痛いとか苦しいとかはないな。…本当にすまない」


「何も謝らないでください。念の為、医官に診ていただきます」


「朝になってからでいいんじゃないか」


「そんな訳にはいきません。少しお待ちください」


そう言ってオスカーは部屋を出ていった。

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