勿忘草
「えっ、ここはレイ様のお部屋だったんですか?」
アップルパイを食べ終え、お茶を飲みながら話しているとロザリーが驚きの声を上げた。確かに初めて聞けば驚くかもしれない。
ロザリーは急に周りを見回し始めた。壁とカーテンと…
「ああ、もちろん色は違う。ここを準備した者たちが張り切ってな。貴女を想って手を加えたんだ」
「………!」
エメラルドグリーンの澄んだ瞳が見開かれる。心なしか潤んでいるようにも見えた。
「気に入っただろうか?」
「ええ、もちろん!準備してくださった方々に感謝をお伝えくださいますか。温かな雰囲気で、とても心穏やかに過ごせていますと」
「わかった、確かに伝えよう。あの者たちも喜ぶだろう」
ロザリーは微笑みながら、嬉しそうにもう一度部屋を見回していた。
「そういえばロザリー殿、書庫はもう行ったのか?」
「いえ、まだ入り口から覗いただけで、後からゆっくりと行ってみようと思っていました」
「そうか。では、今から行かないか?」
「はい!」
俺はロザリーの手を取り、書庫へと案内した。
◇ ・ ◇ ・ ◇
書庫はそれほど広くないので、オスカーは居間に置いてきた。
ロザリーは書庫にどんな本があるのか、侍女に手伝わせながら次々に確認していた。スカートの後ろの大きなリボンを揺らして右へ左へと動く姿が、まるで蝶が花畑を舞うようだと俺は少し離れたところから眺めていた。
この国に伝わる物語の本を手に取り、冒頭や挿絵を見て「後でゆっくり読みたいわ」と言って棚に戻し、次にマナーに関する本を見つけて「ここはユリセラとは違うわね」と難しい顔をしている。そうかと思えば、ハーブティーの本を見つけて目を輝かせていた。
「ソフィ、紙を用意していただけるかしら。ここにいられる間にハーブティーのレシピを出来るだけ書き写したいの」
俺は大きな背もたれの椅子に座り、手近にあった本を読みながら、ロザリーのクルクルと変わる表情を見て楽しんでいた。
「ロザリー殿、持ち帰りたいものがあれば写本をしようか?」
そう言う俺にロザリーは満面の笑みで振り返った。ふわりと舞うスカートと相まってとても可愛らしかった。
「いいんですか?ぜひお願いします!」
「あまり多いと時間がかかるが…まあ、後からでもよければ送り届ける」
「ああ、どれにしましょう…」と真剣に本を選ぶ姿もまた可愛かった。
「あ、そういえば。レイ様、お花の図鑑はどこでしょうか?勿忘草を調べてみたいんです」
「ああ、図鑑ならその右側の………」
そこまで言うと、俺は不意に思い出した過去に引き込まれた…
___若草色のワンピースを着た少女が本棚の前で行ったり来たりしている。俺と同じ色のプラチナブロンドのストレートヘアを一つにまとめて大きなリボンを着けていた。
ふとこちらを振り返り、俺に聞く。
『お兄様、お花の図鑑はどこかしら?勿忘草を見たいの』
『ああ、それならお前の右側の一番下の段にないだろうか』
『……あったわ、お兄様!やっぱりこの青色だわ。今度、この色のドレスを作ってもらおうと思うの』
そう言ってリリィは俺に見せようと重そうな図鑑を手にこちらへ歩いてきた…
「___様、レイモンド様、どうされましたか」
ロザリーの緊迫した声に我に返った。
「…あ、ああ、すまない。少し考え事をしていた。大丈夫だ」
少しぼんやりしたままの俺に、ロザリーはきっぱりと言った。
「いいえ、大丈夫ではありません。お顔が真っ青です」
そう言うと侍女に向かって、
「ソフィ、オスカー様を呼んで。急いで!」
「はい、只今!」
そう言って侍女が急いで書庫を出て行く足音がやけに遠くから聞こえていた。




