青色のワンピース
王女が新しい部屋へ移ったと報告を受け、今日の昼過ぎには様子を見に行きたかったが、オスカーから手渡された予定表に並んだ面会の数を見てため息を吐いた。
「申し訳ございません、殿下。これでもどうしても今日でなければならない案件に絞ったのですが…」
確かにいつもよりは少ないが…。そう思いながらオスカーが手にしている分厚い書類の束を睨みつけた。
「もしかしてそれも今日中か?」
「はい。ただ、夕刻までにお願いしたいのはこれだけです。あとは明朝までで構いません」
そう言って束の三分の一程の書類を俺の机の上に置いた。残りはいつものようにオスカーが自分の机へと持っていった。目を通して資料を付けておいてくれるのだ。
まあ、やらないといけないのであれば、さっさと取り掛かる方がいい。俺は書類の山の一番上から目を通し始めた。
◇ ・ ◇ ・ ◇
予定されていた面会を終え、夕刻までにと言われた物のうち、最後の書類にサインをして束の上に置いた。
まだ日は高く、予定よりだいぶ早く片付いた。我ながら頑張った。
サイン済みの書類を確認するオスカーに、横に避けておいた書類を手渡した。
「この2件は認可できない。一度担当者に戻してくれ」
「かしこまりました。この後、ロザリー様にお会いになりますか?」
「ああ、向こうに都合を確認してくれるか?」
「はい、伺って参ります」
そう言ってオスカーは書類を手に部屋を出ていった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
オスカーを伴ってロザリーの部屋の前に来ていた。
木の扉は大きく開かれ、両側には衛兵が立っていた。その一人が俺が歩いてくるのに気づくと、居室へ向かい侍女に俺の到着を告げた。
この部屋の前で許可を待つなんて変な感じだ、と思っていると、奥からパタパタと軽い足音がして明るい青色のワンピースを着たロザリーが小走りで出てきた。
今日のワンピースは白の大きな襟が印象的で、ウエストを絞ったフレアスカートが彼女の動きに合わせて揺れている。
「ようこそお越しくださいました、レイ様」
そう言ってふわりとお辞儀をした。
―――あんな青色の花があったと思うが、名前は何だっただろうか。城の庭でも時々見かける小さな可憐な花だが…
「あっ、はしたなくてごめんなさい」
ロザリーの声で我に返った。どうも彼女の前だと上の空になってしまう。
「…あ、ああ、すまなかった。その服の色が綺麗だと見惚れていた。そんな色の花の名前を考えていたんだ」
「そうだったのですね。小言を言う者がいないので、つい走ってしまったので驚かれたのかと…」
頬を赤らめたロザリーの少しいたずらっぽい笑顔に、俺も釣られて笑った。
そういえば、ロザリーを担当する医官のフリントからの報告を受けていた。
『精神的にかなり負担がかかっているはずなのですが、自国ではないので抑え込んでいるようです。まずはそれを解放するために「用意された自室では、行儀や礼儀を気にせずに自由に過ごすように」と彼女に話しています』と。
それを思い出し、ロザリーに優しく言った。
「走っても構わない。この部屋では貴女の心のままに過ごしてくれ。嬉しい時には跳ね回って、悲しい時には大泣きしてくれて大丈夫だ。もちろん俺がいても遠慮はいらない」
「はい、ありがとうございます」
弾けるような笑顔でそう言う彼女は、先日の面会よりも仕草が子供っぽく、年相応に見えた。
そんな少しはしゃいだ様子のロザリーのすぐ後ろで控える侍女が優しく言った。
「でもロザリー様、また少しお熱がありますので、あまり無理はなさらないでくださいませ」
「はい、ソフィ。ごめんなさい」
侍女との関係も良いようで安心した。
「レイ様、お茶の用意をしましたので一緒にいかがですか?私の好きな物と言っていただいたので、アップルパイを作ってもらったんです」
「アップルパイは私も好きだ」
「それはよかったです。ではこちらへ」
嬉しそうに俺を南の部屋へと案内しながら、ロザリーは急に思い出したように考え込んでいた。
「このような色の花って何でしょう…」
スカートをヒラヒラさせながら思いを巡らせている。俺のことは忘れて考えていそうな様子が可愛らしかった。
「ライラックは少し違うかしら……ローズマリー…?あ、勿忘草ってこんな青色だったと思うわ!」
そこまで言って、ロザリーはハッと俺の顔を見た。
「ごめんなさい。レイ様がいらっしゃるのに一人で話して…」
恥じらうロザリーに「問題ない、俺も楽しんでいるよ」と返しながら『勿忘草』という言葉に引っかかりを感じていた。
ただ、それが何か思い出せずにいた。




