氷解
すっかり彼女に見惚れて名乗ることも忘れていたなんて。驚きと恥ずかしさに慌てながら、俺は姿勢を正した。
「あ、ああ、失礼した。私はオルトランド王国の第一王子、レイモンド・フロストだ」
「私はユリセラ王国王女、ロザリー・フローラ・ウィレンスと申します。この度は、助けていただきありがとうございました。レイモンド様をはじめ、オルトランド王国の皆様には命を救っていただきましたこと、心よりお礼申し上げます」
そう言うと深くお辞儀をした。
その姿は病み上がりの彼女の体調に配慮した楽な服装であったが、ドレス姿にも劣らない美しさがあった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、再び澄んだ緑色の瞳でこちらを見ると、柔らかく微笑んだ。
「どうぞロザリーとお呼びください」
「ああ、俺のことはレイと呼んでくれ」
「レイ様、ですね」
「ロザリー殿、体調はいかが……あ、気が回らずすまない。立ったままでは辛いだろう」
俺は慌てて用意されたテーブルの椅子を引き、ロザリーに席を勧めた。
「ありがとうございます」
ふわりと座る様子は、花びらが舞うようでそれだけで見惚れてしまいそうだった。俺も席に着くのを待ってロザリーは話を続けた。
「昨日の朝、少し熱が下がってからはだいぶ楽になってきました。窓辺にソファを用意していただいたので、そこから庭を眺めたり、本を読んだりしております」
「そうか、それはよかった。何か困っていることはないだろうか。必要なものがあれば何でも言ってくれ。部屋は寒くないか。あ、そうだ、もう少し本を用意しようか?あと、食べたいものがあれば言ってくれればシェフに…」
そこまで言うと、ロザリーがまたクスクスと笑い出した。それは年相応の少女の表情だった。
「ごめんなさい。いつも、はしたないって叱られるんですけど、つい…」
「いや、俺の方こそ捲し立ててすまない…」
俺は何を慌てているんだ。クスクスと可愛らしく笑うロザリーを見て、少し落ち着いてきた。
「色々と心配してくださって、レイ様はお優しいですね」
そう言われてハッとした。
「……優しいなど言ってもらえる資格は俺にはない。貴女に本当に怖い思いをさせてしまった。申し訳なかった」
「そんなこと仰らないでください。レイモンド様には二度も命を助けていただいているのですから」
「いや、俺が発した言葉で貴女を危険に晒してしまった…」
そう言う俺の言葉を、彼女はキッパリとした口調で否定した。
「いいえ、違います。レイモンド様は兵達が私を斬らないように必死に止めてくださっていました。もしかしたら、その右手の包帯はあの時にお怪我をされたのではありませんか?」
確かに彼女が手にしていた短剣を払った時に刃先が右腕に当たったようだった。軽傷なのに大袈裟に巻かれた包帯が袖口から少し覗いていた。包帯は外してきたらよかった。
「それに…」とロザリーは続けた。
「私がレイモンド様に刃を向けたのにも拘らず、ここでこれほど大切にされ、治療を受けさせていただいているのはレイモンド様が守ってくださったからですよね。でなければ、今頃、牢に入れられているはずです」
「………」
すべてを理解している彼女の聡明さに驚いていた。
「ですから、レイモンド様は私には謝らないでくださいませ」
「………ありがとう」
俺は静かに立ち上がった。ロザリーも席を立ち、何があるのかと少し不思議そうにこちらを見ていた。
怖がらせることがないように俺はゆっくりと歩き出し、ロザリーの前に膝をついた。
「貴女が望まないことは決してしないと誓う。貴女が傷を癒し、無事に国に帰るまで側で護ることを許してほしい」
ロザリーは少し驚いた顔をしていたが、やがて花が溢れるように微笑んだ。
「はい、よろしくお願いいたします」
俺は心の奥から温かくなるのを感じた。
これで第一章はおしまいです。
読んでくださってありがとうございます。




