王子の葛藤(後編)
約束の時間になり、俺はオスカーを伴って少女の部屋の前へ来ていた。
人と会うのにこんなに緊張したのはいつぶりだろうか。
「少し待ってくれ」とオスカーの肩を掴もうとした手は空を切り、オスカーは扉をノックした。
間もなく少女付きの侍女が扉を開けた。
いや、まだ心の準備ができていない―――
「ようこそお越しくださいました」
扉の奥からは凛とした、でも可愛らしい声が出迎えてくれた。
が、次の瞬間、やっぱり会わす顔がないと踵を返そうとしたら、オスカーに上着の背中側をぐっと掴まれその場から動くことができなかった。
「不敬だぞ」
小声で言うと、オスカーも小声で返してきた。
「隣国の王女様に招かれたのに挨拶もせず立ち去ろうとする方が余程不敬だと思いますが?」
心を落ち着ける前にノックしたのが悪いんだとオスカーを睨め付けながらグッと言いたい言葉を飲み込んでいると、クスクスと少女の笑い声が聞こえた。
そこには、えんじ色の柔らかく滑らかな生地に生成りのレースをあしらった長めの丈のワンピース、その上にクリーム色のガウンを羽織った少女が立っていた。
「あ、ごめんなさい。どんな怖い方がいらっしゃるかととても緊張していたので、優しそうでホッとしたら…ごめんなさい、失礼ですね」
そう言いながらまだクスクス笑っていた。こちらが緊張して意味不明で失礼な態度をとったのに、彼女の言葉はすべてを解きほぐしてくれるようだった。
なんと愛らしいのだろうか。
透き通ったエメラルドグリーンの瞳は優しくもあるが、凜として気品が感じられた。大人びた雰囲気の中にまだまだあどけなさを残す表情でピンク色にうっすらと染まる頬は思わず触れたくなった。
ピンと伸びた背筋に緩く波打つ薄茶色の髪がかかり柔らかな雰囲気を引き立てている。サイドの髪は緩く編んでガウンと同じクリーム色の大きなリボンで後ろに束ねているのもよく似合っていた。
今まで見てきた傷だらけで眠る顔や、恐怖で強張る顔とはまるで違う、やわらかな雰囲気の見ているだけで幸せになるような表情に見とれていると、オスカーが遠慮がちに囁いた。
「あの…殿下、まだ名乗られていませんが」




