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氷と花の  作者: 千雪はな
最終章 オルトランド王国へ
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森を抜ける

「あっ…」


ロザリーが小さく声を上げた。


すぐに何もなかったように振る舞っていたが、繋いだ手は固く握られていた。


窓の外には森が迫っていた。


俺は繋いでいた手をそっと離し、ロザリーの肩を抱き寄せた。反対の手でロザリーの手をもう一度握ると、彼女もきゅっと握り返した。


「ロザリー、怖いと思ったら、無理に隠さなくても大丈夫だから」


ロザリーが小さく頷くと同時に馬車は森に入り、辺りは薄暗くなった。


ぎゅっと目を(つむ)り、身構えるように肩に力が入っていた。どこか葛藤するような表情で、心を落ち着けようと静かに長く息を吐いた。


今はロザリー自身が納得して少しずつ前へ進む時なのだろうと思い、俺は声を掛けずに見守ることにした。




カタンッ


小さな石を踏んだようで、馬車が揺れた。


ロザリーは、ビクッと驚いて顔を上げて窓の外を見た。


その視線の先には――木々が流れるのを背景に、呑気な顔でフレディが手を振っている。ロザリーが小さく息を吐き、こちらを向いた。


「大丈夫…でしたね」


「ああ、大丈夫だ」


俺はロザリーの肩を摩りながら、彼女の頭に頬を乗せた。


「森に入って無事に走っているのを見たら、なんだかほっとしました…」


そう言ってロザリーの体からすうっと力が抜けて、俺の肩に寄りかかった。


以前、ロザリーは森に入ったすぐの所で襲われたと言っていた。森に入り、辺りがスッと暗くなるあの一瞬が一番怖かったんだろう。


そう思っていたら、ロザリーが俺の肩に顔を寄せた。彼女の肩が小さく震えている。安心したら涙が溢れてきたようだった。


「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝るロザリーの髪に俺は頬を寄せた。


「大丈夫、泣くのは悪いことではない。貴女は前に進めているよ」


俺はロザリーが落ち着くまで、背中をそっと叩いた。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


ロザリーは泣き止むと、随分と落ち着いていた。多少は不安があるようで、しっかりと手は繋いでいるが。


もうしばらく走れば森を抜ける頃だ。辺りは薄らと雪に覆われ始め、気温も下がってきた。


少し身を縮めたロザリーを見て、オスカーが膝掛けを差し出した。


「ロザリー様、こちらをお使いください」


「ありがとうございます、オスカー様」


ロザリーは、その膝掛けを両手で受け取ると、俺の膝も包むように広げて、俺の方を見て「暖かいですね」とにっこり微笑むと、膝掛けの下で再び俺と手を繋いだ。


緊張して冷たくなっていた手が、いつの間にか温かくなっていた。



「あの、ロザリー様」


俺達の様子を穏やかに見ていたオスカーが、ロザリーに話しかけた。


「どうされましたか?オスカー様」


「私共への敬称ですが、オルトランド入国を機にやめていただこうと思っているのですが、いかがでしょうか」


ロザリーは、オスカーの申し出に戸惑っていた。


「でも……、まだ私はオルトランド王室の一員ではないので…」


「ロザリー様は、正式な婚約者として我が国の王城に入られます。これから殿下と共に行動されることも多く、私共は、殿下とロザリー様に付くことになりますので、婚姻の儀を待たず、今から、側の者としてお呼びいただきたいと思っております」


「よろしいのですか?」


ロザリーは、オスカーとそして俺の顔を遠慮がちに見た。


「ああ、それでいいと思うぞ。貴女は、オスカー達に十分に敬意を払って接している。呼び方が変わっても、貴女のその振る舞いは変わらないだろうから問題ない。


婚姻の儀を境に呼び方を変えるより、城に入る時から側の者として呼んだ方が、俺もいいと思う。呼び方については、俺からも皆に伝えよう」


「では…」


ロザリーは姿勢を正した。繋いでいた手も離して膝の上に重ね、オスカーを真っ直ぐに見た。


「オスカー、これからよろしく頼みます」


「はっ」


馬車の中で膝を付くことはできないが、オスカーは手を胸に当て、深く頭を下げた。


ロザリーは背筋をピンと伸ばし、優しく微笑んでいた。その姿は柔らかい中に威厳もある、これから俺の隣に立ってくれると思うと本当に心強く思った。


 ◇ ・ ◇ ・ ◇


やがて森を抜けて周りが明るくなり、ユリセラ国境にあるシセイレンの砦が見えてきた。


「しばらくユリセラとはお別れですね」


つい先程の凛とした振る舞いではなく、いつもの柔らかなロザリーの雰囲気に戻り、ユリセラを離れる寂しさを滲ませていた。


「シセイレンの砦では止まらない予定だが、よかったのか?」


「ええ、予定通りお願いします。名残惜しんでいてはキリがありませんから。それにユリセラには、また来られますから」


「ああ、そうだな」


砦の前には兵達が並び、ロザリーが乗る馬車に向かって敬礼をしていた。馬車は彼らの前を少しスピードを落として進み、ロザリーは幸せそうに手を振った。



そこを通り過ぎると、ついに国境を越えた。


「ロザリー、オルトランド王国へようこそ。貴女がまた我が国へ来てくれることを待っていたよ」


窓の外には見慣れたガララの砦があり、目の前には誰よりも愛しいと思うロザリーが微笑んでいる。


俺は彼女をぎゅっと抱きしめた。


離れて会えない間、どのように過ごしているかと心配をしたこと、その身に危険が迫っていると知って、我が身を切られるかのように心が痛くなり、しかしすぐには助けることができずに無力感と焦燥感が募ったこと―――たった数年と言われたらそうかもしれないが、様々な思いが俺の中を巡り、今、ロザリーがこの腕の中にいることを何よりも幸せに思った。


「ロザリー、俺と共にオルトランドへ来てくれて、本当にありがとう」


ロザリーは、俺の腕の中で見上げるように見つめ返していた。


俺は緩く波打つ彼女の前髪を撫で、その先をそっと耳に掛けるとそのまま手は滑らかな首筋へと伸ばした。その手で頭を支えると、もう一度ロザリーの綺麗な緑色の瞳を見つめた。


ロザリーは優しく、そして少し照れたように微笑むと目を閉じた。俺は、彼女にゆっくりと口付けた。

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