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4話 下心は自己責任で。

少し長めてす。

(勝手に押しかけてきて、話がしたいだなんて)


 失礼極まりないではないか。

 私はレイチェルの傍若無人ぶりに唖然としてしまう。



「困った人ね」



 私は部屋を見渡し、ため息をついた。

 事務官たちが息を殺して私の顔色を伺っている。



(面倒なことになったわね)



 使用人にどう思われようが構わないが、この先いちいち気を使われるのはごめんだ。


 レイチェルの言う通りにするのが、結局のところベストのようだ。

 私はドアの横に控えた執事のスミスを呼び客間と茶の用意をするように命じる。


 執事(スミス)は少し間を置いてかすかに頭を下げた。



「お嬢様。差し出がましいとは存じますが、現在、庭園のバラが大層美しく見頃となっております。マーティン様と東屋で過ごされてはいかがでございましょうか」



(あぁ、そういうことね……)



 レイチェルは留学生だ。

 祖国でもこの国(ライブデン)でも高い教育を受けている(付け加えると成績も優秀なのだそうだ!)。おそらくは常識は身につけているはずだ。


 だが。

 感情が混ざると別だ。


 どんなに冷静な人物でも想定外の行動ーーーー暴力行為に走る可能性もある。

 痴情のもつれ的な事件が起こっては家門に泥を塗ることにもなりかねない。



(私の身の安全の為に密室よりも屋外でお願いします、と言うことなのね。執事として当然の判断だわ)



 庭園であるならば要所に護衛も配置できる。

 距離を取ることが難しければ、使用人……例えば庭師などを装えば自然に警護することができるだろう。



「……いい考えね。確かにあの庭園のバラは見事だわ。今日は天気も良いし、外で飲むお茶はさぞ美味しいでしょうね。スミス、急いで用意してちょうだい」



 私はレイチェルの方を振り返り、



「……それで構わない? レイチェルさん」


「ええ。構いません。楽しみです」



 レイチェルは私の意図を感じ取ったのか、表面だけはにこやかに同意した。





 ◆◆◆◆◆◆



 スミスの申し出の通り、庭園は最高の仕上がりだった。


 色鮮やかな大小さまざまなバラが咲き誇り、うっとりとする香りが漂う。

 そして何より夏の名残りを感じさせる初秋の日差しが最高に心地よい。

 何と素晴らしい午後だろう!


 日焼けしないように東屋の軒下で無表情で茶をすする婚約者(アーチボルト)の恋人さえいなければ。


 私は侍女がテーブルに菓子皿を並べ終えるのを待ち、口を開いた。



「ここはね、我が家の自慢の庭園なのよ。先代公爵がバラがお好きでね。家業と同じくらいにバラの品種改良に熱中したの。お陰でこんなに素敵なバラが咲いているのよ」



 私の話をレイチェルは興味なさそうに聞き流し、茶をすする。



「如何にも貴族趣味って感じですね。楽しみのためだけに散財するなんて」



(貴族趣味?!)



 だって貴族だもの。

 しかも最高位の公爵家だ。

 貴族の家に来て、しかも貴族を目の前にしてこの発言。

 空気が読めないのか、度胸があるというのか。


 なんだか可笑しい。私は笑い声をあげる。



「どうして笑うんですか?」


「あら、ごめんなさい。あなたの恋人は、まぁまだ私の婚約者だけど……彼はこの国の王子でしょ。貴族の頂点に立つ一族の恋人のあなたが、貴族を馬鹿にするだなんて。面白い人って思っちゃって」



 レイチェルは赤面し不愉快そうに顔を背けた。



(思っていた通りね。レイチェル自身も何か目的があるみたいね)



 私は素知らぬ顔で茶菓子を口に含む。


 レイチェルの祖国はこの世界では珍しい民主主義の国だ。

 元々は植民地であったが、100年前に宗主国から独立した新しい国家で、国民から選ばれた大統領が統治しているらしい。


『自由と平等』


 崇高な二語を掲げ、性差・人種などを問わない政策と社会を作り上げようとしていると聞いている。

 完全に男女や人種が平等になったわけではないが、それでも遥かにライブデンよりも女性が生きやすい国だ。



(自由の国で育ったレイチェルが、なぜ旧体制の権化とも言えるアーチボルトに近づいたのかしらね……)



 やはり意図があってのことだろう。



「レイチェルさん、あなたは高い教育を祖国で受けて、さらにライブデン大学に留学までしている。女性として尊敬に値するわ。そんな聡明な人がなぜ他人の婚約者(アーチボルト)を欲しがるのか、私にはわからない」


「え? 冗談でしょ?」



 レイチェルは肩をすくめる。



「簡単なことよ。アーチを愛しているからよ。彼のいない人生なんて考えられないもの」


「殿下を愛しているから私から奪ったの?」


「そうよ。だって結婚は神聖なものよ。愛し合う者同士で行うものでしょう? 親と周りが決めた政略結婚で無理やり結婚するなんて、人権侵害もいいとこだわ」


「人権侵害……」



 馴染みのない言葉だ。

 ただ違和感も感じる。



(恋愛に人権を絡めるだなんて……。目当ては愛だけじゃないのね)



 アーチボルトとレイチェルが付き合い始めた頃、人を使ってレイチェルについて調べさせたことがある。


 レイチェルは中産階級の出身だ(平等の国では貴族はいないが、大まかな階級分けはあるようだ)。

 ご両親は腕の良い医者で、首都で大病院を数件経営している。だが、元々は隣国からの移民だ。

 異邦人として苦労し現在の地位まで成り上がったらしい。



(財産は十分にある。じゃあ富の次に求めるものは……)



 ーーーー名誉。



 そうか。

 納得だ。



(レイチェルがアーチボルトを愛しているのは本当だろうけど、アーチボルトを利用してワンステップ上に上がりたいっていう下心もあるのね)



 有名人(セレブリティ)になりたい。

 誰からも尊敬されたい。



 一国の王子の妻となれば、国内での地位は急上昇するだろう。

 羨望の眼差しで周囲から一目置かれるはずだ。


 私はティーポットから追加の茶をカップに注いだ。



「レイチェルさん、あなたってずいぶんな野心家なのね」


「……否定はしないわ」



「私にも入れてくれる?」とレイチェルはカップを差し出した。


 ちょっとムカつく。

 けれど、気分は悪くない。いや爽快だ。

 これほどまでに上昇志向が強い女性などなかなか存在しない。



「レイチェル・マーティン。安心しなさい。準備が出来たら婚約破棄する予定よ」


「本当に?」


「ええ。あなたと殿下が幸せになることを心から祈ってるもの」



 アーチボルトはあなたにあげるわ。


 ただし。

 あなたの望むアーチボルトではないかもしれないけれど。

 ごめんあそばせ。

読んでいただきありがとうございます!

吉井です。


ブクマ、評価、イイネ、とても嬉しいです。

執筆がんばります。


次回は明日更新予定です。

ではまたお会いしましょう。

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