3話 あなたを招待した覚えはないんですけど?
アーチボルトと別れ屋敷に戻るまでの間、馬車に揺られながらこれからどう対処すべきかを巡らせた。
アーチボルトと別れる。
元々政略結婚であったし、心情的な問題はない。
せいぜいレイチェルさんと幸せになってくださいね? と思うだけだ。
(私と婚約を破棄したところでアーチボルトの人生は茨の道なのだけど。まぁ私には関係ないわね)
この国の上流階級は調和を乱すことを嫌う。
外国人であるレイチェルと愛を優先した結婚をしたとしても表面的には歓迎されるだろうが、影では馬鹿にされるだけだ。
何と陰鬱な社会か。
でもそれがこの国なのだ。
因習と伝統にがんじがらめのこの国で生きていくことは、そう生きるように育てられた私でさえ面倒だと感じることもある。
自由と平等を掲げる国からきた花嫁にどれだけ耐えることができるのだろうか。
(別れる私が心配するなんて無粋かもね。きっと愛があれば全てを越えることができるはずでしょ)
そんなことはないと歴史は物語っているものだけど。
恋に夢中なうちは気づかないのだろう。残念なことだ。
(破棄が決まってしまったことはどうしようもないわ)
悲しむのは後だ。
王家が動き出すまでにできるだけ早く対処せねばならないことがある。
婚姻を結ぶことを前提に始めた事業、秘密裏に……とまではいかなくとも、一刻も早く手を打っておかないとならない。
(確か首都の再開発に、油田開発、インフラの整備もあったっけ……)
公爵家の力と財力をあてにした国家としての大プロジェクトだ。国の一部、いや全ての業種に渡ると言っていいかもしれない。
それを横から合法的に掠め取る。
元々現在の王家は戦で戦果をおさめて成り上がった家柄で、統治や経済に対する感覚は鈍い。
上位貴族や平民富裕層の助力で何とか国家として体裁を保っているに過ぎないのだ。
ーーーー命運はエクセター公爵家が握っている。
と言っても過言ではないだろう。
エクセター公爵家はありとあらゆる事業に出資し、共同経営者となっている。
元婚約者が知らないはずはないのに、この選択をとるとは。
(恋をして頭と目が曇ってしまったのね……)
怖い。
私は気をつけないと。
(王家側に動かれる前に、慰謝料がわりに全部とは行かないまでも、できる限り利権はエクスターの下に置いておかないとね)
婚約を破棄するのだから、婚約を機に成立した関係を維持していくのは困難だーーーーと考えてもいいんじゃないか?
ややこしい案件もあるが、何とかなるだろう。
(お父様はお怒りになられるでしょうね。でも娘の幸せ……)とここまで思っておきながら、私は苦笑した。
(お父様に限って、あり得ないわね)
上位貴族という立場、いや貴族としては褒められたことではなく恥ずべきことなのだが……お父様は金に執着するタイプなのだ。
建前では高貴なる者の義務を挙げておきながら、裏では銭勘定を欠かさない。
ーーーー根っからの商人で守銭奴。
儲け話には目がないのだ。
今もダイアモンド鉱山開発のために当主であるお父様自ら隣国へ出向いている。
(でも助かるわ)
つまりは金次第で何とかなると言うことなのだから。
お父様は商売において情など勘定に入れない。
結果さえ出せば、認めてくださる。
貴族の品格が……とか、誇りが……とか声高に訴えるタイプでないことは私にとっては幸運だった。
(いつもはお父様の性格が卑しくて好きになれないところだったけど、今回は感謝しなくちゃ)
くよくよしている時間が勿体無い。
お父様が帰国するまでに目処をつけておきたい。
屋敷に戻り、事業責任者たちと会議を開かなくては。
悪縁は切るに限るのだ。
◆◆◆◆◆◆
屋敷に戻り私は公爵家の事業部門の責任者を呼び寄せた。
私の計画の概要を説明すると、事務官たちは皆顔色をなくしざわめく。
突然、数年かけた事業の見直しを迫られたのだ。
しかも公爵令嬢の鶴の一声で。
彼らにとっては晴天の霹靂といっていい。
「……交渉には時間がかかります。お嬢様」
公爵家の代表事務官が眉間に皺を寄せる。
「王家から完全に移行するまでに、上手くいって半年から一年といったところでしょうか。法廷に持ち込まれた場合は、もっとかかるかもしれません。なにせ国の基幹に関わる事業ですから、困難であることは間違いありません」
「でも、やるのよ。全てはエスクターの財産よ。絶対に失うこともアーチボルトに渡すことも認めないわ」
「左様でございますか……。かしこまりました。では、別の角度から検討してみましょう。王家の開発担当はエヴァンス伯爵の……」
その時。
ドアのノックがし、遠慮がちにドアが開けられた。
中年の執事が申し訳なさそうに顔を出す。
「お取り込み中、失礼いたします。お嬢様、お客さまがいらっしゃっております」
「私に? 今日は来客の予定はなかったはずよね。大切な会議中なの。引き取ってもらって」
「それが……」
珍しく執事が口籠った。
執事を押し退けるように、一つの影が会議室に飛び込んでくる。
若い女性だ。
淡い褐色の肌に波打つ黒髪と意志の強そうな眼差し……。
(来たわね)
私は立ち上がり微笑んだ。
「今日はあなたをご招待した覚えはないのだけれど。レイチェルさん」
「ええ、約束はしていないです。アーチから話を聞いて、いてもたってもいられなくなってお約束なしで来ました」
レイチェル・マーティン。
私の婚約者の恋人は腰に手を当て、不躾に私を見つめた。
「お話ししたいんですけど、場所変えてもらってもいいですか?」
読んでいただきありがとうございます。
吉井あんです。
3話目をお送りします!
やっと書けました。
ちょっと離れると全然書けなくなりますね。
次回も週末あたりに更新予定です。
ぜひ読みに来てくださいね!




