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10話 空気は読むものでしょう?

 ダルトンと名乗る男は丁寧に礼をした。


 年齢はお父様の言う通り実業の世界の人間にしては年若な三十路には届かない程度だろうか。



 ーーーーアーサー・アズール・ダルトン。



 ファーストネームと家名はライブデンのものだ。が、アズールはこの国の名前ではない。



(アズール。不思議な響きね)



 黒い髪に浅黒い肌、黒曜石のように光の入り具合によって変わる瞳もそうだ。

 陽光が強いはるか遠く南方の国の出身なのだろうか。


 しかし……。



(なんて図々しい……)



 初対面で人の顔をジロジロと見つめるだなんて尋常じゃない。

 太々(ふてぶて)しいまでの強さ、そして決して引くことを知らない眼差しはどうだ。

 無礼を通り越して小気味よさすら感じるほどだ。


 レイチェルといいこの男といい。

 異国の人間は肝が据わっているのだろうか。



(お父様も含めて、私の周りにはどうしてこんな人ばかりなのかしらね)



 優秀であることを自覚し自信と自尊心の塊のような存在に、不快感とほんの少しの羨望を感じてしまうではないか。


 私は心情を隠し、微笑み返した。



「ダルトンさん。ようこそ、エクセター公爵家へ。私は……」


「ローザ・ヴァーノン、公爵閣下の御令嬢でしょう? 閣下からお話は伺っております」


「お父様から?」



 娘に関心があるタイプではないのだが。

 お父様に目を向けると、お父様はわざとらしく顔を逸らせた。



「この話を私がすることを閣下はお好みにならないでしょうが」とダルトンは前置いて、


「館に到着するまでの間、とても愛らしく優秀な自慢の娘なのだと繰り返し……。それこそ耳にタコができるほど褒めちぎっておられましたので」と私にだけに聞こえるように言った。



 お父様は対外的なイメージをとても大切になさる方だ。


 貴族でありながら冷徹な商売人。

 王家の外戚となろうと画策する野心家。

 数々のレッテルがある。


 貴族としてはひどく屈辱的な二つ名だが、お父様はあえて否定していない。

 むしろ自ら進んで利用している。


 それは家族を守るためだと昔、お父様の秘書から聞いたことがあった。


 敵の多い商売(ビジネス)から家族を守るために、私生活は漏らさない。弱みを握られることを防ぐために、と。



「ローザ殿もご存知の通り、閣下から私がご家族のお話を伺ったのは今回が初めてです。十年近く共にして、です」


「あら。そうなのですね」


「閣下は家族を深く愛していらっしゃいますからね。決して危険に晒すようなことはなさらない。ですから、お話を耳にした時から、あなたにお会いすることをとても楽しみにしておりました」



 ダルトンはさらに体を傾け、私に顔を寄せる。



(ち、近い……!)



 じっと私を見つめたままの黒い瞳に動揺する私が映っているのがわかる。

 頭一つ分は大きい体躯に圧倒される。

 思わず二、三歩、後退りしてしまう。



「ちょ……ダルトンさん?!」



 ダルトンは無言で手を伸ばした。

 大きな、私の頭など簡単につかめるほどの大きな掌が頬をかすめ、左耳につけた珊瑚(コーラル)のイヤリングに触れる。



「私の故郷アガディールの珊瑚ですね。これはダダ湾でのみ採れる最上級の品物です。これほどの等級のものに久しぶり出会いました。美しい方に愛でていただいて嬉しいです」


「お、お父様にいただいたのです。それよりもダルトンさん、不快ですわ」



 ダルトンは慌てて身をひき、



「これは失礼いたしました。公爵閣下が自慢する娘御がどれだけ美しく聡いのかと胸膨らませていたところ、目の前に現れたのが故郷の宝と想像以上に愛らしい方だったので、我を失ってしまいました。申し訳ございません」


「……言い訳ですか。最低です」



 美人だったから自制が効かなかった。言い換えれば大胆ではあるが。

 ひどい対応だ。



(なんだろう、既視感がある。最近はこんな人ばかりと対面しているのは気のせいかしら……)



 私はこめかみを押さえ、



「初対面で品定めなんて。ひどい扱いをされたものだわ。ダルトンさん、あなたは公爵家とビジネスをしにきたのではなくて? 私の配偶者候補ではないはずよ。忘れないでほしいわ」



 再び申し訳ないと口ではいいながら、ダルトンは再び頭を下げる。だがその表情はなぜか満足そうだ。



「すまんな、ローザ。いつもはこんな無礼な男ではないんだがね」とお父様は苦笑し執事に部屋を用意するように申し付けると、ダルトンに執務室を出るようにうながした。


 大きな背中が扉の向こうに消えるまで見守り、私は絶望感に苛まれた。


(あの男が私の腹心になるの?)



 冗談じゃない。

 お父様太鼓判の能力があるとはいえ、心のままに動くタイプとなれば話は別だ。


 なんということだろう。

 難題ばかりだ。

 頭が痛い……。

読んでいただきありがとうございます!

吉井です。


先週は風邪をひいて土日は寝込んでいましたが、無事復帰です!


ブクマ・評価・いいね!ありがとうございます。

執筆の励みにさせていただいております。


次回も読みにきてくださいね。

皆様に多謝を。


追伸:来月頭に拙作『婚約を破棄された悪役令嬢は荒野に生きる。』の番外編も公開できたらな!と考えています。

 アロイス目線のお話にしようと決めているのですが、いまいちグッときません。リクエストなどありましたらお知らせくださいね…

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