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それでも素直になりきれないリーヴェ

 リーヴェは夢を見ていた。

 それは過去の夢だ。


「ほんとお前ってどんくさいなー」

「やーいやーい、弱虫リーヴェ~~」


 昔のリーヴェは気が弱く、よく他の子たちにいじめられていた。

 今でこそ勇者として強大な力を持ち、メスガキのような振る舞いをするリーヴェではあるが、勇者の才能が目覚めたのはもう少し後のことだ。


 そんなリーヴェにとって、心の支えとなっていたのが……


「あ、お兄ちゃん!」

「ん、どうしたリーヴェ」


 近所に住んでいるアルムの存在だった。


 リーヴェは両親を病により早くに亡くしており一人で暮らしていた。

 本来であれば親戚の家にでも引き取られるはずだったのだが、不幸なことに引き取り手が見つかることはなかった。


 そのため、リーヴェは家に残されたお金で幼くして一人で暮らしていたのである。


 そんなリーヴェを気にかけてくれたのがアルムだった。

 リーヴェからしたらただ近所に住んでいるお兄さんというだけであったが、頼れる相手が居るかどうかというのは孤独なリーヴェにとっては大きな違いだ。

 アルムも決して裕福な生活をしていたわけではなかったが、リーヴェのことを気にかけて色々と良くしてくれていた。


「他の子たちにいじめられるの……どうしたらいいかな?」

「そんなことがあったのか……俺が話をしに行ってあげてもいいがそれだと逆効果だろうし、リーヴェが強くなるしかないんじゃないのか」

「強く……? でも、リーヴェはそんなに力持ちじゃないよ……」

「いや、別に身体が強い必要はないんだ。そうだな……心を強くするんだ」

「心?」

「あんなやつら見返してやるって気持ちを強く持つんだ。あとは……強気な言葉をどんどん言ったほうが良い。実際に強くなくても、強そうに見えたら馬鹿になんてされないさ。強い人が言ってることを真似してみるといい」

「……分かったよ。リーヴェ、がんばってみる」


 アルムにアドバイスを貰ったリーヴェは、この日から強気な発言をするようになった。


 だが、惜しいことに、リーヴェの想像する強い人というのがこれまた近所のガキ大将だったのだ。

 幼いリーヴェの想像力ではそれが限界であった。

 「雑魚が!」とか「この程度かよ!」とか、そんなセリフを言っていた口の悪いガキ大将のことを真似したもんだから、だいぶリーヴェの口が悪くなってしまった。


 アルムの考えていた"強い人"とリーヴェの考えた"強い人"では差があったようだ。


 加えて、周囲のリーヴェをいじめていた子たちはリーヴェの豹変っぷりに恐れをなしたことで、実際にいじめを抑制する効果が出てしまった。

 完全になくなったわけではなかったが、一定の効果が出てしまったわけである。


「アルムお兄ちゃんが言ってたことは本当だったんだ……!」


 こうして、リーヴェは順調にメスガキとして育っていってしまったのである。


 ……そして、そんなアドバイスをもらってしばらくして。


「お兄ちゃん、言われたとおりにしたらうまくいったの! ありがとう! お礼に何かほしいものはない……?」

「お礼? 何も要らないよ」

「本当になにも要らないの?」

「ああ、欲しい物はない」


 リーヴェは困惑してしまう。

 アルムにお礼をするんだと張り切っていたのに、欲しいものがなにもないと言われてしまってはどうすることもできなかった。


 だが、その数日後、リーヴェはアルムが立ち話をしているのを聞いた。


「聞いたか? こっちに向かってた荷馬車が魔族に襲われたらしいぞ」

「本当か? それは困ったな……運ぶものが来ないんじゃ仕事にならない」

「困ったよなぁ」


 そのときアルムは仕事仲間と話していた。

 アルムは商人に雇われ、別の国から運ばれてきた品物を別の業者や個人に届ける……いわば運送屋のようなことをやってお金を稼いでいた。


 この話を聞いたリーヴェは良いことを思いつく。


「そうだ、私が魔王を倒してお兄ちゃんが困らないようにするんだ!」


 幼いリーヴェは神に祈った。

 自分に魔王を倒せるような才能が芽生えますように、と。


 祈りが天に通じたのか、それともリーヴェ自身の素質か、それはわからないがその願いは叶う事となってしまった……


 …………


 ……


*


「お兄……ちゃん……?」

「リーヴェ、起きたか」


 リーヴェが目を覚ますと、近くにはアルムが居た。

 リーヴェはベッドに寝かされており、アルムはそれを見守ってくれていたようだった。


「怪我は治っているはずだが、一応安静にしていると良い」

「……お兄ちゃんはどうしてリーヴェを助けてくれたの……? リーヴェ……あんなに酷いことを言ったのに……私のこと嫌いじゃないの?」

「反省してるのなら、責める必要はないだろう。そうやって、自分の間違いに気づきながら人間ってのは成長していくもんだ」

「お兄ちゃん……ごめんなさい……」


 リーヴェはアルムに謝る。


「まぁ、俺はリーヴェに嫌われてるのかもしれないが、俺はリーヴェが健やかに育ってくれたならそれで満足だ」

「そんな、嫌ってるわけ……」

「……ん? 嫌われてたんじゃなかったのか?」

「いや……その……」


 リーヴェは十分に反省していたし後悔もしていたのだが、ここで本当の気持ちを伝えるのは難しかった。

 なにせこれまで散々酷いことを言ってしまったのだ。

 謝ることはできても、そこから更に一歩を踏み出すのは今のリーヴェには難しかった。


 これがもしエルゼムとの戦いのときに行われた会話であれば、リーヴェは冷静になることができずに素直な気持ちを伝えられていたかもしれない。

 しかし、一度落ち着く時間があったが故に、恥ずかしさが勝ってしまった。


「ん……やっぱり嫌いかも……」

「……そうか……」


 リーヴェは露骨にテンションを下げるアルムを見て心を痛ませる。

 やっぱり本当のことを言おうと思ったのだが、間が悪くアルムが次の話を始めてしまった。


「まぁでも、リーヴェが無事で本当に良かったよ。エルゼムがここまで早く行動に移るとは予想外だった」

「……そういえば、エルゼムはどうなったの?」

「魔族領に帰ったよ」

「本当に魔族だったんだ……」

「それと、バルボザも帝国のスパイだったからパーティーを抜けるだろう」

「ええ!?」


 エルゼムに裏切られただけでもショックだったリーヴェだが、バルボザまで自身の本当の仲間じゃなかったことに衝撃を受けた。

 元々バルボザとは会話も少なくあくまで戦う上での仲間という関係に過ぎなかったが、それでも勇者パーティーにはアルム以外敵しかいなかったというのはショックが大きい。


「だが安心してくれ。俺がすべて決着はつけてきた。もう大丈夫だ」

「お兄ちゃんはやっぱりすごいね……」


 リーヴェにとっての英雄は幼い頃からずっとアルムだった。

 強さという面で言えばアルムがここまですごい人物とは全く考えていなかったのだが、まさかここまで強いとは。

 リーヴェは改めてアルムへの尊敬の念を強めるのだった。


「……とはいえ、リーヴェの勇者の力は国にとっても有益だろう。勇者パーティーはエルゼムとバルボザが抜けて一度解散になるが、国はすぐに代わりの人員を補充して魔王討伐の任を続けさせるはず……」

「そうなんだ、それならリーヴェは魔王討伐をがんばるよ!」


 リーヴェが魔王を倒したいという意気込みはアルムの役に立ちたいという思いからから来ている。

 しかし、残念なことに二人はすれ違っていた。


「そうか……」


 アルムは考える。


 リーヴェに魔王を倒さないように説得しなくてはならないが、リーヴェが魔王を倒したいというのならその意志も汲んでやりたい……

 それに、説得したところで国は無理矢理にでもリーヴェの力を利用するように動くだろう。


 となれば、やはり魔族と人間の争いを終わらせるしかない……


「無理はしないでくれ。まだ怪我も治ったばかりだ。普段の喋り方とも違うし、まずは心を休めてくれ」

「や……えーと……うん……」


 アルムからすればある時からのリーヴェはメスガキと言えるような喋り方をする子だ。

 エルゼムに裏切られたことや、治療したとはいえ腕を斬られた衝撃が強すぎて普段のような喋り方すらできていないのじゃないかとアルムは心配していた。

 どちらかと言えばリーヴェの素はこちらなのだが、アルムは知る由もない。


「さて、俺はまだやらないといけないことがある」

「え……お兄ちゃんはパーティーに戻ってきてくれないの?」

「戻るけど、もう少し待ってくれ」


 できる限りリーヴェと一緒に居てやりたいアルムだったが、リーヴェのためを考えるのであれば禁忌領の問題を解決するしかないと決心していた。

 エルゼムとバルボザの問題を解決したため、もう少しだけ離れていても問題はない。


 アルムは立ち上がる。


「そこにあるパンケーキはリーヴェの分だ。食べてくれ」


 アルムは近くのテーブルを指差すと、部屋から出ていってしまった。


「お兄ちゃん……」


 残されたリーヴェは涙目になっていた。

 パンケーキを食べながら、一人寂しさをこらえるのだった。


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